活動報告

2009年9月15日

総選挙後『雑感』――「民」の政治とは

今回の総選挙の最大の特徴は、国民の政治参加意識が根本的に変わったということにあります。2回の総選挙を通じて、国民は一票の持つ力を知り、そしてそれが政権をも一挙に代えるという政治参加の醍醐味を知りました。国民は、政治家の選択、政権政党の選択に投票行動を通じてその権利を獲得しました。真に「民」が主体となる政治が到来したのです。

選挙の投票行動によって、「民」は政治家や政党の生殺与奪権を持つことになったわけですが、このことは「民が主」というよりも、まさに「民が大王」になったのです。2500年前、孔子は「子曰、民可使由之、不可使知之」と言いました。この孔子の教えについて、「人民は黙って政治につき従わせておくべきで、いちいち内容を説明すべきものではない」とする俗訳がありますが、いまや「君子可使由之、不可使知之君子」となったのではないでしょうか。つまり、「民(たみ)は君子(政治家や官僚)を従わせることができるが、君子は民(たみ)のための政治をなかなか理解しない」ということです。

私は、さらに次のように詠みたいと思います。

「民は大王となり、君子の前に立ち塞がる龍となる。古(いにしえ)より龍を飼い慣らすこと出来ず。されば、殿中にて君子の謀りごと能わず。常に、民を慮(おもんばか)り、殿中の秘事、常に白日の下に晒すべし。」

つまり、我が国は、真の民を主とする政治に転換したので、どんな権力者でも民の意向に背いて政治をすることはできない。政府・政治家は明確に表された民意を読み取り、民のための政治に専念しなければならない。民衆を欺いたり、飼い慣らすような姿勢はもう通用しない。政府内や与党内の“もめ事”や主導権争いも慎むべきで、さまざまな政策調整や利害調整もそのプロセスを含め、すべて人民に情報公開すべきである、ということです。

「生活者、納税者、消費者」の立場に立ち、真の民主主義の実現を訴え続けてきた民主党にとっては、まさに「鼎の軽重が問われる」新政権の運営となっていきます。

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