2009年11月12日
温室効果ガス25%削減目標と国民負担の問題について
鳩山総理大臣は、9月22日、ニューヨークで開かれた国連の気候変動サミットで演説し、主要な排出国の合意などを前提に、温室効果ガスを2020年までに 1990年と比べ25%削減することを目指す、日本の新たな中期目標を国際公約として表明しました。この国際公約は、世界各国から称賛されましたが、国内においては多くの議論を巻き起こしています。
1、25%削減の影響と前政権の試算の問題
(1)産業への影響と不安
その中心的議論は、「温室効果ガス25%削減」という目標そのものの実現性に対する疑問と、これに関連して国民生活や産業活動に大きな負担が生じるのでないかという不安に関するものです。25%削減を達成するためには、ドラスティックな政策転換が求められるわけですが、現在、さまざまな政策メニューが示される中で、これを受け入れた場合の影響が大きいエネルギー多消費産業や、国内産業の国際競争力を維持しようとする経済産業省などが疑念を呈しています。
とくに、二酸化炭素排出に関わる環境税(炭素税)の導入や排出権取引制度などが有力な政策として上がっているために、これによるコスト増という経営へのマイナス影響、あるいは国内での生産減を余義なくされた工場の海外移転の拡大などが懸念されています。さらに、このことに関連し、製造業やエネルギー関係の労働組合は、新たな雇用問題が発生するのではないか、との不安を高めています。
国民生活への影響に関しては、90年比で温室効果ガス25%削減を実行する場合、「国民負担が一世帯当たり年36万円増加する」という前政権の試算が、国民の不安を煽ることになりました。この試算は、麻生政権下の本年4月に行われたものですが、当時、25%削減を織り込んだ民主党のマニフェスト批判するために、巧妙に数字のトリックが仕組まれていることが明らかになりました。この試算については、一部のマスコミが問題視しましたが、全般的に政府公表どおりの報道がなされ、鳩山演説後も、新政権の環境対策に対する否定的論調の根拠にされています。
(2)国民負担試算の恣意性
麻生政権下で行われたこの試算は、国立環境研究所、慶応大産業研究所、日本経済研究センターの3研究機関がデータを提供したものを、関係省庁と専門家による「中期目標検討委員会」が算出したものです。2020年の物価の変動を除いた実質可処分所得は、中期目標を達成する場合、現状の削減努力を継続した場合に比べて4.5~15.9%目減りすると試算。また、電力会社が太陽光発電などコストの高い自然エネルギーを買い取ることなどで、光熱費は現在より65.7~81.0%上昇するとしました。試算は、所得目減りを4.5%減、光熱費上昇を65.7%と最も低い数値を採用し、金額的には、05年の勤労者世帯の平均可処分所得479万円をベースに22万円が目減り、光熱費は現状から14万円増とし、合計で36万円を負担増としたのです。
この試算に対し、当初からいくつかの問題点が指摘されていました。第1に、試算の前提として、「36万円の家計負担増」は、この先、日本が地球温暖化対策を何も行わなかった場合と25%削減した場合を比べたとき、2020年の時点で家計負担に年間36万円の差額が出るというもので、各家庭が毎年36万円を余分に負担しなければならないという誤解を生むこと。第2に、試算では一定の経済成長を前提にしており、これに伴う年間76万円程度の可処分所得の伸びが試算において考慮されていなく、このため、可処分所得が22万円目減りするという試算は誤りであること。
国民の多くは、将来、被るであろう温暖化による膨大な経済的・社会的損失を食い止めるために応分の負担をしなければならないことは当然のことだと考えています。しかし、その大前提さえも無視するかのように、負担増のみを過大に宣伝したことはおおいに問題があったと考えます。
(3)鳩山政権における再試算
麻生政権下で試算された地球温暖化対策の経済的な影響の恣意性を修正するため、鳩山政権は、10月23日に有識者によるタスクフォース(座長=植田和弘・京大教授)を立ち上げました。とくに10月27日に開催された第2回目の会合では、前政権の年36万円は計算ミスで、実際は22万円増だったことわかりました。
前政権の試算をまとめた当時の内閣官房の関係者は、可処分所得の減少分(22万円)に光熱費の負担増(14万円)を二重計上したとミスを認めました。36万円増は、温室効果ガス削減のため石油などへの課税を強化した場合、可処分所得や光熱費が何%変化するかという日本経済研究センターの分析結果を、内閣官房が金額に換算した際に、可処分所得と光熱費を合算したことが明らかになりました。この日の作業部会では、日本経済研究センターは、光熱費増は可処分所得の減少に織り込まれており、「可処分所得の減少分のみに変更すべきだ」と正しました。
タスクフォースの試算は、前政権の試算にデータ提供した3機関のものを再活用しましたが、第2回会合での算出結果は、「現状の削減努力を継続した場合は、2020年の実質可処分所得は2020年591万円になるが、中期目標を達成するには、そこから22万~77万円目減りする。それでも現在の479万円よりは増える」という概算を明らかにしました。
10月30日に開催された第3回タスクフォースでは、前政権のモデル分析と国民負担の試算がなぜ間違ったかを解明するとともに、今後の作業方針として、モデル分析の結果の正確さを失わない範囲で国民に分かりやすく伝える方法の検討に入るとの「中間報告」を行いました。
2、25%削減をいかに実現するか
温室効果ガスの排出量を1990年に比較して25%減らすという目標の達成は生やさしいことではありません。しかし、「不可能」というものでもありません。国民生活上も産業活動上も一定の負担が生じますが、当然、その過程において数々のプラス面も出てくることは間違いありません。
鳩山政権は、関係大臣・副大臣によって構成する「中期目標達成検討チーム」が、具体的施策を立案する作業に入りますが、このプラス面の検証は大きな作業課題の一つになっています。当面は、前述のように、専門家で構成するタスクフォースを中心にモデル分析によってマクロ経済への影響や国民負担について精査します。そして、「エネルギー効率の向上によるエネルギーコストの削減」や「環境分野の新市場の創出」によるプラス効果、さらには①炭素貯留・回収、②スマート・グリッド(情報技術を用いた効率的電力網)、③電気自動車の技術革新なども加味した検証を行う予定です。
もう一つの課題として、国際的な合意形成の問題があります。温室効果ガス排出削減のための鳩山構想には、海外からの排出権の購入や森林の二酸化炭素吸収なども含まれていますので、今年12月にコペンハーゲンで開かれる国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)での国際的な合意が構想実現のための前提となります。ここで国際的な合意に達するかどうかについては悲観論が広がっていますが、我が国としては、国際的公約をした以上、国際的合意作りのための努力と、国内排出量削減量(真水)を最大限増やしていく努力をしなければなりません。
以下、大きな削減効果を生み出す主要施策について考え方を述べます。これらの施策を大胆に遂行することは、国民の負担感を軽減化するとともに、国民の理解を得ながら、さらなる温室効果ガス削減のための諸政策が円滑に展開されるものと思います。
(1)発電における電源の変更など
国内の二酸化炭素排出抑制において最も大きな効果が期待できるのは、石炭火力発電の抑制です。これまで二酸化炭素の排出量を増加させた大きな要因は石炭火力発 電の増加にありました。しかも、我が国は石炭が安定供給エネルギーの一つであるため、2023年まで石炭発電所を増やす計画を持っています。新政権としては、短期的にはこの石炭火力発電計画を凍結し、二酸化炭素の排出量が石油や石炭より少ない天然ガスの比率を増やしたり、さらに、中長期的には太陽光や風力などの再生可能エネルギーと原子力発電の比率を高めていくように電源政策を転換していくことが求められます。石炭火力については、発電需要をまかなうためには全廃するわけにはいきませんから、ガス化複合発電の実用化、送変電・配電に伴う電力損失の低減策に伴う効率的運転などにも力を入れていくべきだと考えます。
(2)環境税(地球温暖化対策税)の導入
各事業者の二酸化炭素の排出量に応じて課税をする環境税は、エネルギー多消費産業には大きなコスト増を強います。しかし、経済全体からすれば、各事業者の排出削減努力に経済的メリットが生じるため、温室効果ガス排出抑制において有効な政策であることは欧州で証明されています。民主党のマニフェストにおいても、「地球温暖化対策税」としてその導入を打ち出しています。
一般的に、環境税の導入は、化石燃料によって作られた電気や燃料などの値段が高くなることにより、①電気やガソリンなどの使用が抑えられる、②省エネ型・低燃費型の製品や車などが選ばれやすくなり、その技術開発が進む、③税収を活用した温暖化対策が進む、④税金を負担することで、消費者の地球温暖化問題への意識が高まる--などのプラス効果が言われていますが、一方で、導入されると、家計や企業に負担となり、国民経済や産業の国際競争力に影響を与えるといった指摘もあります。
この環境税に関して経営者団体は強固に反対の立場を表明していますが、今後は、国内のエネルギー価格の上昇が産業や国民生活にどのような影響を与えるのかを検証しながら、特定の産業に過度の負担とならないように留意するなど、関連産業と納税者の理解と協力を得つつ、導入に向けての総合的な検討を行っていく必要があると考えます。
(3)排出量取引制度
各企業に温室効果ガスの排出枠を設け、その過不足分を売買する「国内排出量取引制度」の導入は、市場原理を活用した効果的な政策として大きく注目されています。民主党のマニフェストも、「キャップ&トレード方式による実効ある国内排出量取引市場を創設」を打ち出しています。「キャップ&トレード方式」とは、政府が温室効果ガスの排出枠(キャップ)を各企業に課し、その企業の排出量がその枠に収まらない場合は排出権の購入により補う方式を言い、その取引に関わり、銀行や証券会社が、金融商品として排出量を株式や債権と同じように取引する試みもあります。
この制度は、EUが2005年から導入し、現在、試行錯誤的に制度が運用されていますが、我が国においては、新たな金融商品を生むだけであるとの批判や、エネルギー使用量を実質的に政府が決定・管理するもので、排出枠を公平に課すことは困難であるとの批判的意見もあります。
(4)自然再生エネルギーの固定価格買い取り制度
温室効果ガスの25%削減の決定打となることが期待されているのが、太陽光、風力などの「自然再生エネルギー」です。そして、このエネルギー利用の拡大を促進する最も有力な施策が、電力会社がこの再生可能エネルギーを固定価格で買い取ることを義務づける「固定価格買い取り制度」です。
我が国では、本年11月から、太陽光発電のみについて、個人を対象に買い取り価格をそれまでの2倍に引き上げました。現在の我が国の制度は余剰電力買い取り制度で、自家消費分を除いた余剰電力だけが買い取り対象となっています。今後は、対象を他の自然再生エネルギーに広げるとともに、全量買い取り、買い取り対象も事業者に拡大するなど「フィード・イン・タリフ」制度へと移行していく必要があると考えます。
ドイツでは、固定価格買い取り制度によって再生可能エネルギーを大量に普及させるとともに、太陽光パネルなどの生産コストも大幅に下げることができました。電力総需要に対する自然エネルギーのシェアは、2000年の6.3%から2007年末には14%に倍増させるなどの大きな成果を挙げています。
一般的に、電力の買い取り価格については、初期投資が8年程度で回収できるような水準に合わせれば、発電事業に乗り出す事業者や個人が爆発的に増えると言われています。今後、固定価格買い取り制度の拡充によって、温室効果ガスの排出抑制を飛躍的にすすめていかなければなりません。
