2010年4月26日
理科教育充実に向けた今後の課題
1、「学習指導要領」の見直しによる理科・算数授業の拡充
文部科学省は、3月末に、来年度から小学校で採用される教科書の検定結果を発表しました。新しい教科書は、「ゆとり教育」の見直しをはかる「新学習指導要領」にもとづくもので、報道によれば、これまでの教科書に比べると、全体で42.8%のページ数が増加します。科目別に見ると、特に理科は67.3%、算数は67%も増えることになります。
近年、子どもたちの理科・算数嫌いが増える傾向にあり、大学進学における理工系離れも一段と顕著になってきました。また、学力に関する国際調査では、日本の子どもの算数・理科の学力低下が明らかになり、理科・算数教育の現状は日本の科学技術の将来にとって大きな不安要因になってきました。そして、初等・中等教育における理科教育の充実を求める声に応えるために、昨年4月から「新学習指導要領」のもとに、理科・算数関係の授業時間が増えるとともに、小学校は来年の4月から新しい教科書にそって授業がすすめられることになったわけです。
理科の授業時間については、小学校(1コマ=45分)の場合、1、2年生で週2コマ、3年生~6年生で週1コマ増えることになりました。また、理科・算数の学習内容では、「川の上流・下流と、石の大きさや形」、「月の位置や形、太陽の位置」、「重さの単位のt」、「面積の単位のアールやヘクタール」、「台形の面積の求め方」など、1998年の「学習指導要領」改定時にはずされた内容が復活してきます。
私は、文部科学省の政策会議や参議院・文教科学委員会で、製造業における国際競争力の維持と科学技術立国を維持していくために、子どもの時からの科学教育が必要だと主張し続けてきましたので、その第一歩となる今回の教科書改訂は大いに歓迎したいと思います。

2、「ゆとり教育」の評価と問題点
小学校の理科教育を充実させ、子どもたちに科学・技術全般に大きな興味を持たせるという教育目的は妥当なものですが、この目的を達成するための教育現場の試みは多くの課題を抱えることになると思います。例えば、理科や算数の授業時間を増やし、多くの学習内容を子どもたちに叩き込めば、将来、本当に日本の科学技術の発展に寄与する優秀な人材が育つかどうか、その確証はないのです。
この議論は、「ゆとり教育」の評価に関する議論と深く関連します。今日、「ゆとり教育」は、子どもたちの学力を引き下げ、現場の教師に学習評価や総合学習などで大きな負担を強いたとして、失敗策であったとの評価が一般化しています。今回の小学校・中学校の授業時間の拡大や教科書の大幅改定は、この「ゆとり教育」の反省が起点になっています。
しかし、一方で、初等中等教育を「ゆとり教育」前に戻すことが真に妥当であるかという意見もあります。現在、先端科学や先端技術を支える天才的な研究者の多くは、欧米を中心にした国のいわゆる「ゆとり教育」的な教育環境の下で育っているという事実もあります。そこで、我が国としても、これまで実施されてきた「ゆとり教育」を総括しながら、新しい理科・算数教育のあり方を探る必要があると考えます。
「ゆとり教育」は、実質的には「学習指導要領」の全面改定が行われた2002年(平成14年)から始まりました。当時は、知識偏重の「詰め込み教育」や受験競争の激化が問題視され、さらに校内暴力や登校拒否、落ちこぼれといった深刻な教育問題が発生する中で、初等中等教育において、「全体としてゆとり」をつくり、「社会性・倫理性」「国際性」、「社会参加」、「生きる力」などを重視する教育改革が指向されたのです。そして、具体的に授業時間と学習内容の削減が行われ、「総合学習」の導入や、子どもたちの評価では、「関心・意欲・態度」「思考・判断」「技能・表現」「知識・理解」の4観点を基本にした「観点別評価」が導入されました。「学習は生徒自ら主体的に取り組むものである」という「新しい学力観」が前面に打ち出され、「オンリーワン、個性、自由、自主、ゆとり、特色づくり」を重視したカリキュラムと生徒評価が行われたのです。
しかし、時間が経過するにつれ、予想された学力の低下という問題が、経済開発協力機構(OECD)が実施する学習到達度調査(PISA)などで明らかになったのです。このほか、生徒の評価に関しても、関心・意欲などを数値化することの問題や保護者からの不評の問題なども出てきました。世論的にも、「小中学校は、生きるための基礎的な知識や技術を強制的にでも身につけさせる時期」だという意見が大きくなっていきました。
このような状況の中で、2007年、安倍内閣のもとで「ゆとり教育」の見直し作業が行われ、今回の「学習指導要領」の見直しや教科書改訂となったわけです。
このように評判の悪かった「ゆとり教育」ですが、一方で、日本の教育で必要とされていた「論理思考」「説得技術」「説明能力」「コミュニケーション能力」「問題発見・問題解決能力」の向上という重要な教育課題については一定の役割を果たしているとの評価もあります。今回の新しい「学習指導要領」にもとづく学校の授業が、単なる「詰め込み」教育の復活におわり、知識が豊富で処理能力に長けただけの青少年が増えるのであれば、我が国の科学技術を支える人材育成においては悲観的にならざるを得ません。とくに「問題発見・問題解決能力」は研究者や技術者にとって欠かせない能力の一つであり、一般的に知識を与えるだけでは開発できないものです。
我が国が先進工業国として生き延びていくためには、子どもたちの全体の学力を向上させることはもちろん重要ですが、「ゆとり」や「自由」の中で伸びていく能力、そして真に社会から必要とされる能力の伸長についても初等教育の段階から十分に配慮していく必要があると考えます。
3、今後の理科教育の進め方の課題
今後の小・中学校の理科教育の充実を期待するものですが、とくに新しい理科の教科書で増えることになる理科実験を注目したいと思います。子どもたちは、理科実験に対して大きな興味をもっていますので、この実験が増えることは、理科に対する興味を高め、また学力向上にも寄与するものと考えます。
しかし、教科書的に実験が増え、内容が充実しても、実際に子どもたちに教える立場にある教員の指導力がなければ、大きな効果は望めません。特に、大学の教員養成課程で理科などを専攻した先生が極めて少ないことは大きな懸念材料です。今後、教員養成課程の改善と、現場の教員の指導力を高めていく研修の充実が必要だと考え
ます。
また、教科書で指定される実験に関し、各学校が実験材料・実験機器を用意できるかどうかという問題も残されています。
この際、実験や自然観察などに関しては、学校や教員のみに頼ることなく、地域の大学や企業、ボランティア団体などの協力が必要だと考えます。とくに、経験豊かな企業の技術者・技能者OBなどは、大いに協力してもらえるのではないかと考えます。
いまや、子どもたちの理科・算数教育の推進は国の将来を左右する国家プロジェクト的様相を呈してきたと言えます。
