2010年4月28日
デフレ経済からどのように脱却するか
1、政権交代と「デフレ経済」
現在、我が国の経済は、「デフレ経済にある」、あるいは「深刻なデフレに陥っていく危険性がある」と言われています。
昨年9月に発足した民主党・社民党・国民新党による連立政権は、非常に厳しい経済情勢のもとで旧政権を引き継ぎました。バブル崩壊後の景気の回復基調は一進一退でしたが、2008年9月のリーマンショックによる世界同時不況で我が国経済は手痛い打撃を受け、雇用情勢も最悪の状況での政権交代となったのです。
そこで新政権は、昨年11月に「デフレ宣言」を行って、国民生活と雇用を守るための決意を表明し、「緊急経済対策」をまとめるとともに、「デフレ脱却」のための政府予算の編成作業に入っていきました。そして、新年度予算が執行されはじめた今日も、経済情勢は依然として、景気指標が改善の兆しを示しているにもかかわらず、物価の下落に歯止めがかからないという「デフレ的状況」にあります。
連立政権と与党は、このデフレから一日もはやく脱却し、我が国経済を適正な成長路線に乗せていくという使命を担っています。これには、どのような情勢認識に立ち、どのようよう政策が求められるでしょうか。以下、この課題について考えてみたいと思います。
2、「デフレ経済」はなぜ問題なのか
「デフレ」とは、デフレーション(deflation)の略記であり、物価が持続的に下落していく経済現象を指します。物価が下落するということは、手持ちのお金でより多くのモノが買えるので、貨幣価値が上昇することも意味します。しかし、デフレは「景気後退を伴う物価下落」を言う場合が一般的になっており、「不景気」「不況」と同義語で使われています。
また、株価・地価などの資産価格の下落を意味する「資産デフレ」を念頭に置いて議論する場合もあります。この「資産デフレ」に関しては、80年代後半に膨らんだ資産のキャピタルゲイン(時価が簿価を上回る部分)が、90年代に入って、株式で206兆円、宅地資産で876兆円が失われたという試算も行われ、この「資産デフレ」が実体経済に大きなマイナスの影響をもたらしたという「デフレ論」も活発に行われました。
このように、デフレについては、さまざまな定義や分析の仕方が出てきたため、政府は2001年3月にデフレを「持続的な物価下落」と再定義しました。しかし、この定義では、デフレはどのような本質を持ち、実体経済に対しどのような影響を与えるかについては曖昧になってきます。したがって、経済活動の主体である家計・企業・政府の三つの部門が、デフレによってどのような影響を受けるのかをみながら、その本質を探りたいと思います。

(1)家計部門への影響
家計部門は、労働・年金・利子などで得られた所得を消費する、あるいは貯蓄する経済主体です。各家庭の働き手の雇用が確保され、名目の賃金水準が維持されている限りでは、デフレによる物価下落は、各家計の実質購買力を高め、生活水準の向上に寄与します。
しかし、デフレは一般的に不況を伴いますから、雇用が不安定になり、賃金水準も低下します。実際、90年代後半には雇用は大きく悪化して完全失業率は3%台から5%台に大幅に上昇するとともに、賃金水準についても、実質的な賃金水準引き下げとなるパート・派遣など非正規従業員の比率が上昇しました。さらに大企業も含め多くの企業で早期退職の募集や賃金・一時金の引き下げなどが行われました。
家計部門においては、「物価の下落」がもたらすプラス効果とともに、働き手の雇用状況や賃金水準によっては、そのプラスが相殺され、さらに家計が大きなマイナスの影響を受ける場合もあるのです。
(2)企業部門への影響
企業部門は、デフレによって、商品・サービス価格の引き下げ競争の激化、売上の伸び悩みを主因とする利益率の低下など、厳しい経営環境がもたらされることになります。企業はその対応策として、人件費の抑制や非正規従業員を活用した人件費の変動費化をはかったり、系列外からも原材料品・部品を調達して原価の引下げをはかったり、さらには人件費の安い中国をはじめとする東アジア諸国に生産拠点を移転するなど、様々な形で投入生産要素費用の削減をはかっていく経営戦略をとっていくことになります。そして、この企業活動が内需を抑制し、さらに賃金面で家計部門にもマイナスの影響を与えていきますから、デフレは企業にとって大きな障害物なのです。
しかし、一方で、各企業は生き残りのために、ビジネスモデルの抜本的な改良をはかったり、市場で打ち勝つための新商品・新サービスの開発に全力投球するなど、部分的ですが、企業活動を活性化させる行動に出ることが考えられます。これは、デフレのプラス面として捉えることでできるでしょう。
(3)政府部門
政府部門にとっては、デフレは税収減少という深刻な影響をもたらします。しかも、歳入が減少するのにもかかわらず、政府は歳出を拡大して積極的な景気対策を講じていかなければならないため、財政赤字は一段と大きくなっていきます。無理に歳出を切り詰めようとすると、政府が創り出す公的需要が減少し、さらにその負の乗数効果でGDPが一段と減少して税収が大きく落ち込むという、まさに「負の循環」に陥ってしまいます。これが、デフレが政府部門に大きな弊害をもたらす本質的部分なのです。
1990年代からの不況に関する経済学の研究でも、デフレが大幅な税収減をもたらすというマイナス影響について数量的な確認が行われています。デフレが長引けば長引くほど、財政危機からの脱出はさらに先送りとなり、政権の政策遂行の大きな障害になっていくことは明白です。
連立政権は、今年度の政府予算編成において、景気対策とマニフェストの実行という目的にそって膨大な国債発行による赤字予算を組みました。まさに本年度の政府予算は、「デフレ経済下」の典型的なものとなっていますが、これがたやすく「負の循環」に陥っていかないようにするために、あらゆる政策を動員して対策を講じていかなければならないと考えます。
3、デフレ脱却のための方策について
デフレは、概して経済全体に対してマイナスの影響を与えることが明らかになりましたが、一方で、家計部門への影響で述べたように、雇用が安定し、賃金水準が維持されればデフレのプラス要因が活かされることになりますから、政府としても労働政策をより重要視していくべきでしょう。
いずれにしましても、連立政権の経済政策の基本目標は「デフレからの脱却」、「不況からの脱却」にあることに間違いありませんので、これを実現するための政策について、以下、幾つかの事例を挙げてみたいと思います。
(1)機動的な金融政策の実施
金融制度の安定、為替の安定は経済運営において基本となるものです。「通貨の価値」が安定していなければ、国民の日常の買い物においても、また企業の日常の取引においても困ることになります。
そこで注目しなければならないのが、「通貨の価値」を安定させ、物価を安定させるための金融政策の大本締めの日本銀行です。しかし、我が国の経済がデフレ状況にあり、物価が下落していく中にあっても、日本銀行は、いまだ「物価安定」を第一義的な政策目標に掲げています。デフレ物価の安定とともに雇用の安定、為替の安定のための金融政策の展開が求められるわけですが、日本銀行もいっそうの金融緩和政策を推進して、これらの政策目標のために大きな働きをしてほしいと考えます。
(2)大胆な内需の拡大策
現在の緩やかな景気は、堅調な外需によってもたらされていますが、やはり基本的には、内需拡大が景気回復の決め手となってきます。現在の内需の低迷、とくに消費の冷え込みの最大の原因は、家計を取り巻く雇用・所得環境が厳しくなっていることにあります。一般的に、消費が拡大する経済環境とは、賃金・一時金が継続的に上昇し、雇用状況が極めて安定している状況にあるということです。
そのためにも、政府としては、国民の消費に対する抑制的心理を取り除き、消費を喚起し呼び起こすような施策を展開していく必要があると考えます。この点、エコポイントなどの環境優遇措置や、この4月より実施された「高校授業料の無償化」や「子ども手当」の支給は、内需喚起にも一定の役割を果たすもの期待されます。今後は、雇用安定化のための施策をより充実させるとともに、最低賃金の引き上げについても大胆に実行すべきだと考えます。また企業も、これから予想される利益拡大局面において、その利潤を従業員報酬に出来るだけ回していくような賃金政策をとるべきだと考えます。
(3)交易条件の改善
我が国経済は、常に国際的な経済変動の影響を受けるとともに、製造業を中心に激しい国際競争に晒されています。前述のように、現在の消費低迷を引き起こしている要因の一つは、我が国労働者の雇用の不安定さや賃金水準の低下にありますが、この状況をつくりだしたのは中国をはじめとするアジア諸国の経済成長とそこで働く労働者の低賃金構造です。製造業は価格競争で中国や韓国に遅れをとり、国際的なマーケットを徐々に奪われつつあります。また、これらの国と競争しようとすれば国内の賃金水準を下げざるを得ない状況に追い込まれます。我が国の製造業は、賃金コスト・安全コスト・環境コスト・為替コストの面で、アジアの国々との競争において、すでに大きなハンディを背負っているのです。
したがって、中長期的には、中国に対しては輸出条件を有利にしている通貨「元」に為替レートの引き上げを求め、また、国際労働基準の遵守や環境政策の積極的実行などを国際社会の中で主張していくなど、我が国の交易条件の改善をはかっていくべきだと考えます。
この交易条件の改善に関しては、例えば、為替レートは「1ドル=95円~100円程度に安定させるべきだ」との識者の意見を参考に各種の施策を講じる必要があるでしょう。また、空港・港湾など物流インフラを整備したり、我が国の貿易振興のための障害となっている農業経営をより近代化・効率化する施策なども視野に入れるべきでしょう。
(4)成長分野の支援
経済の停滞させている要因の一つに、我が国の労働生産性が近年、大きく落ち込んでいることが挙げられています。この原因分析は様々ありますが、一つは低生産性の分野が温存されて、ここに多くの労働者が就業しているという実態がよく指摘されます。さらに現在、不況もあって製造業の設備稼働率は8割台に止まっており、新しい設備投資への動機も高まらず、生産性の低下を改善する気運になっていません。また、産業を引っ張っていく新しいビジネスモデルの開発や世界をリードする先端技術や商品の開発も停滞気味であるとされています。
この状況を打破していくには、まずは科学・技術を担う人材の育成が必要ですが、産業政策としては産業構造の円滑な転換をはかる政策や、税制などを活用した企業の研究開発投資の促進策、先端科学や先端産業における研究支援策の強化などを行うべきだと考えます。
また、今後、大きな市場の成長が期待され、一定の雇用も創出される分野、例えば、医療・介護、農業・水産、環境などの分野において積極的な投資誘導策と規制緩和策を講じていくべきでしょう。
(5)人口政策の推進
我が国経済の今後の成長を考える場合に忘れてはならない視点は、人口問題です。
すでに、我が国は人口減少プロセスに入っており、しかも少子高齢化が一段と進む中で、今後の経済成長の大きな足かせとなっています。とくに、労働力人口の比率が大きく減少していくことが予測されていますが、このことは、国としての付加価値の創出に関わる人口が減少するということで、経済の縮小のさらなる誘導要因となります。そして、このことに伴い、近い将来、財政の破綻や社会保障制度の破綻が引き起こされる可能性も出てくるのです。今日のデフレ現象も、この実質的な人口減と将来への不安が一因であるとの指摘もあります。
そこで、人口減少によるリスクを少しでも小さくする施策を考えなければなりません。事例としては、前項と関連しますが、少ない労働力人口で労働生産性を大きく引き上げる施策を講じることです。産業構造を付加価値の低い分野から高い分野に誘導すること、国際競争に負けないように個々の労働者の技術や技能を高めていくことが求められます。このことは「言うは易し行うは難し」ですが、中長期的な国家戦略として今から対策を講じていく必要があると考えます。
また、もう一つの政策としては、外国人の移民政策の推進が考えられます。文化・言語の違いから来る日本人や日本社会との摩擦の問題、出入国管理のあり方の問題、帰化政策の問題など、幾つかの課題がありますが、これらを課題に慎重に対応しながら、国際間交流の拡大にあわせ、多面的・広範囲に外国人労働者を受け入れていく体制をとることも考慮していくべきでしょう。
