政策レポート

2010年5月13日

「ものづくり白書」に見る製造業の現状と課題

 6月はじめに発表される政府の「ものづくり白書」(平成21年度「ものづくり基盤技術の振興施策」)の最終的な案が示されました。

 「ものづくり白書」は、平成11年に施行された「ものづくり基盤技術振興法」に基づく年次報告で、担当する経済産業省・厚生労働省・文部科学省の3省が、製造業を取り巻く情勢分析、技術・技能労働の能力開発政策の現状と課題、さらには「ものづくり教育」やものづくり基盤技術の開発支援の課題などについてまとめたものです。今年は10回目という節目の発行となりましたが、ここ10年における「ものづくり」政策への意識は、官・民・教育界とも徐々に高まってきており、この法律が果たしてきた役割があらためて評価できると思います。ものづくり政策の強化を主張してきた議員の一人としても、「ものづくり白書」の充実に努められてきた関係者に敬意を表したいと思います。

 さて、今年度の「ものづくり白書」の特徴と課題について、以下、概略的にまとめましたが、併せて所感を付記しましたので、電機産業をはじめ、製造業関係者のご参考になれば幸いです。

 

1、世界同時不況からの回復で立ち後れる製造業

 「白書」案は、最初に現在の製造業の動向を分析しています。2008年のリーマン・ショックが引き金となった世界同時不況により、我が国の製造業は大打撃を受けましたが、2009年になると徐々に生産・設備投資が増加しはじめ、持ち直しつつあります。しかし、その回復基調はバブル不況からの脱出期に比べても、かなり遅れていることが指摘されています。また、回復の牽引役も前回の回復期が一般機械や電子部品・デバイスであったのが、今回は輸送機械が中心になっているというアンバランスな状況を特徴として挙げています。

 製造業の回復基調の遅さは、設備投資、稼働率の低さにも表れています。この設備投資に関しては、今後、中国・韓国・台湾などの追い上げに対応していくために、我が国の企業は、国内拠点と国外拠点とで使い分けをしていることが指摘されています。国外拠点では、新製品開発や製品の高度化、工場の維持補修を重点にした投資、また海外拠点については主として生産能力の増強に重点を置き始めており、このような傾向が今後、雇用や地域経済にどのような影響を与えていくのか、気になるところです。

 

2、国際的な構造変化の中での製造業の課題

 リーマン・ショック後の世界経済の大きな構造的変化の中で、我が国製造業は幾つかの課題に直面していることを「白書」は取り上げています。主なものを、四点取り上げてみました。

 第一には、我が国製造業の強みになっている「中間財」の生産において、近年、中国、台湾、韓国の企業がこの分野で競争力を強めてきており、この傾向に我が国製造業がいかに対応するかという課題。

 第二には、日本の製造業の回復を牽引している中国やアジアの新興国の経済成長に対し、経営戦略として、これらの市場をターゲットにした製品開発や設計の現地化、あるいは現地企業との連携などをいかに迅速に対応していくかという課題。

 第三には、台頭する中国・台湾・韓国企業の製造技術力の向上は、日本からの技術流出に拠っている部分があり、今後、いかに技術流出を防止するか、あるいは中核技術の伝授や流出をいかに抑えていくかという課題。また、これに関連し、新技術の国際標準化にむけた人材育成の課題。

 第四としては、新興国の経済成長に伴う資源・エネルギーの消費拡大に対して、我が国がどのように安定的に資源・エネルギーを確保していくのか、また環境制約が経営リスクとなる場合にどのように対応していく、という課題。

 

3、自律的回復と「ものづくり力」強化に向けた人材育成

 今日、デフレ経済のもとで製品価格が下がっていますが、一方で、消費者の製品の品質に対するニーズが高まっていることが指摘されています。各企業がこれに対応していくためには、技能者・技術者の能力向上が求められるわけですが、製造現場においては、「管理・監督担当者」「多能工」「技術的技能者」「高度熟練技能者」の不足が言われています。とくに、製品に対するニーズが多様化する中で、技能労働者には、個別領域の熟練技能だけでなく、生産ライン全体の管理的能力へのニーズが高まっています。このためにも、「改善・提案の奨励」や「技術教育」の充実への期待が高まっていることが報告されています。

 また、ものづくりに関わる人材確保と能力開発については、一段と公的な取り組みの必要性が高まっています。公共職業訓練においては、「ものづくり産業」の将来を担う中核的人材の養成、技能検定制度の充実、技能オリンピックの開催などによる技能習得意欲の増進をはかる必要があります。さらに、熟練工の養成をはじめ「ものづくり」人材を育成していくためには、中長期的視点にたって非正規雇用労働者の活用をはかることを企業に提言しています。

 

4、ものづくり教育・研究開発の課題

 ものづくり産業に限らず、今後の日本の産業全体を支えていく若年者の職業能力の付与・向上が国としての大きな課題となっています。特に「白書案」は若年者の失業率の高さ、非正規雇用の増加、早期離職者率の高さなどに懸念を示し、今後は、社会人を対象にしたキャリア教育のいっそうの充実が求めています。

 また、現在の中等・高等教育における職業教育の遅れも指摘されています。ものづくり教育については、小学校での理科の観察・実験の充実や中学校での職場体験活動、高校における理科・数学に重点をおいたカリキュラム編成など、ようやく充実の方向に向かいはじめたことが紹介されています。しかし、家庭においても、また教育界全体としても、職業教育、職業選択に関する教育的指導の推進への意識は依然として遅れていることが指摘されています。

 今後は、政府としても、「キャリア教育・職業教育」の充実策の検討を深め、とくに義務教育から高等教育に至るまでの体系的な教育のあり方や、生涯学習の視点にたったキャリア形成支援策の充実の必要性を訴えています。

 さらに、「ものづくり」を基盤とするイノベーション創出、我が国の独自の価値創造型ものづくり基盤技術の開発について政府の取り組みの重要性を強調しています。

 

5、「ものづくり」政策に関する今後の課題

(1)国家戦略としてのものづくり政策のあり方

 本年度の「ものづくり」白書(案)は、リーマン・ショック後の世界経済の構造的変化をふまえた製造業の今後のあり方と人材育成の方向について積極的な提言を行っています。とくにアジア諸国は、拡大する市場としての価値があると同時に、強力な競争相手としての存在感が増しています。このアジアの中で、我が国の製造業は、今後どのようにアジアの中で生き延び、国内企業とアジアの企業との競争に打ち勝っていくのか、大きなテーマがのし掛かっています。

 新興国が先進国並みの製造する力をもってきた今日、我が国における製造業の競争力を強化する政策は、従来の枠組みにとらわれず、大胆な発想への転換が必要だと考えます。とりわけ韓国のように、政府と民間が一体となった産業政策や輸出政策、というようなものが求められていると思います。このためにも、行政の縦割りを打破して、産業・通商政策、中小企業政策、職業訓練政策、学校教育政策がより連携し、一体的な政策を推進すべきです。まさに「ものづくり」を国家戦略的な位置づけをしなければならないと考えます。

 「白書」が取り上げているように、学校における職業教育の充実から技術研究開発に至るまで、様々な施策を早急かつ大胆に打ち出してかなければなりません。これらの政策が実際に成果を出すには長期の時間を要するからです。今後の政府の取り組みを期待したいと思います。

(2)中小企業政策の転換

 我が国の製造業における製品の質を維持し高めていくためには、中小・零細企業が独自にもっている技術力を回復しなければなりません。長期にわたる平成不況の中で、製造現場における熟練工の確保とその技能の継承システムは崩壊状態にあります。また、独自の優秀な技術・技能を要する企業も、経営難によってその潜在的な能力を発揮できない厳しい状況があります。これらの中小企業群の品質維持能力や製品開発における試作能力などは製造業に欠かせないものがあり、この機能を回復させる政策を真剣に論じなければならないと考えます。

 このためにも、従来の低金利融資や減税などを中心にした中小企業政策を見直し、これまで漸進的に進められてきた技術移転への便宜供与やネットワークづくり、地域の大学との提携など、中小企業を元気づける様々な施策を積極的に展開していくべきだと考えます。また、行政的には、中小企業が地域密着型であることから、中小企業政策の地方分権化を進めることも重要だと考えます。

(3)国際標準化への努力

 我が国の製造業の国際競争力を保持する上で、国際標準化の努力を怠ってはなりません。これは、我が国が開発する新製品・新技術の国際的な標準化を勝ち取るという狭義の標準化のみならず、国際労働基準、安全基準、環境基準というような、製品の生産コストや社会的インフラコストを平準化するという広い意味での標準化も含みます。とくに、アジアの新興国が、低賃金・低労働基準で労働者を雇用し、環境問題を無視して無規制に温室効果ガスを排出し、また製品や食品の安全面を軽視して「ものづくり」をすれば、これらのコスト負担が大きに我が国の製造業は立ちゆかなくなります。

 国際機関や国際的な協議の場などを活用し、同じ競争条件で「ものづくり」ができる土俵づくりに我が国政府がリーダシップを発揮していくべきだと考えます。このための、予算や人材の重点的配分を主張していきたいと思います。