2012年2月 6日
イランの制裁措置と我が国への影響
イランの核開発疑惑をめぐる国際的な制裁措置がますます強められようとし、原油輸入の大部分を中東に依存する我が国は、これにより大きな影響を受けることが懸念されています。
すでに国際通貨基金(IMF)は1月25日に、米欧による対イラン制裁の影響について、「制裁によるイランの原油供給は1日当たり150万バレル減少する可能性があると試算し、他国が原油供給を代替できなければ原油価格の20~30%の上昇を引き起こす可能性がある」と指摘しています。この価格上昇は、第一次石油ショックの時やリビアの政情不安による供給混乱の時に匹敵するものとされており、さらに制裁に対抗するイランのホルムズ海峡封鎖という事態も加われば、石油を中東に依存する国々は計り知れない深刻な影響を被ることにもなります。
1、イランの核開発と制裁の経過
イランの核兵器開発と、それを阻止しようとする国際社会との対立は2002年にまで遡ります。以下、その主な経過を見ますと、2002年に18年間にわたってイランが核開発を未申告のままであったことが判明したことがはじまりです。非核兵器国が原子力発電など核の平和利用を行う場合は、IAEA(国際原子力機構)に査察などを受け入れる「保障措置協定」にもとづき濃縮活動などを申告しなければなりません。このルールを破って、イランは密かに核兵器開発の準備をしていた可能性が指摘されたのです。
イランは、EU3カ国(英・独・仏)の要請により、2004年にウラン濃縮関連活動を一旦は停止しました。しかし、濃縮施設そのものの解体の要請に対しては反発し、2005年8月に濃縮関連活動を再開しました。このためIAEAは、2006年2月、特別理事会で「イランの核問題を安保理に報告する決議」を採択。また、常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国が、イランがすべての核活動を停止した場合の協力を含む「包括的提案」を行いましたが、イランはこれも無視しました。
2006年以降、国連の安保理は6つの安保理決議を採択して濃縮活動の停止を要求し、また金融取引の停止や個人・団体資産の凍結など様々な制裁措置を講じてきましたが、イランは「あくまで平和目的だ」として濃縮活動を継続し、さらに新たな濃縮施設の建設に入り本年1月からの稼働計画が判明し、欧米はイランの原油輸出を制限する厳しい制裁措置に踏み切ったわけです。
表1. イランの核開発と制裁の主な経過
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2002年 8月 イランの核開発の無申告が発覚 2003年11月 イランがウラン濃縮を一旦停止 2004年 2月 日本がイランのアザデガン油田の権益を取得 2006年 2月 イランがウラン濃縮活動を再開 12月 国連安保理がイラン制裁決議を採択 2010年 7月 アメリカ政府がイラン制裁措置を強化 9月 日本政府もイラン資産の凍結拡大を決定 10月 日本がアザデガン油田開発から撤退 2011年11月 IAEAがイランの核兵器開発疑惑を報告 12月 イランと取引をする金融機関のアメリカ国内の事業を制限する「国防権限法」を上下院で可決 2012年 1月 欧州連合がイラン産原油の輸入禁止方針を決定 2012年 3月 米国政府が、制裁の適用除外を認めるかどうかの期限 |
2、今回の制裁内容とその影響
昨年12月15日に、対イラン制裁のための「米国防授権法案」が上下院で可決され12月31日オバマ大統領もこれに署名し成立しました。さらに本年1月に、欧州連合(EU)もイラン産原油を全面的に輸入禁止する方針を決めました。
イランは、日量およそ420万バレルを有する世界第5位の産油国で、また石油輸出国機構(OPEC)においてはサウジアラビアに次ぐ第2位の石油輸出国です。しかもイランの石油産業は国営企業によって担われており、その収益はイラン政府の歳入の大部分に回されていると言われています。国際社会は、このイランの石油事業を狙って制裁を行い、さらに金融産業への制裁を併せ、核の軍事転用阻止の圧力を一段と強めようとしているのです。
アメリカの「米国防授権法」による制裁措置の内容は2点です。
①イラン中央銀行等と相当の金融取引を行った外国金融機関に対し、米国での銀行間決済を禁止(決済口座の開設禁止)する。
②原油取引を行う外国金融機関については、イラン以外から十分な原油を確保できる場合のみ制裁対象とする。
この2つの措置は、アメリカの国内法でありながら、イランと金融取引や原油輸入をする他国の金融機関に向けて効力を発揮するものとなっています。イランとの原油取引などでイラン中央銀行と決済業務をしている金融機関は、アメリカとの金融取引が断たれて国際金融業務ができなくなり、経営的に大打撃を受けることになります。つまり、金融機関への制裁という間接的な制裁措置ですが、対象国の金融機関の事業を実質的に機能不全にさせる一大政策になっているのです。
この影響については、EU諸国はすでにイランからの輸入の全面禁止を決めていますので、実質的には、日本や韓国などがこの政策の主要対象となります。
各国がこのアメリカの制裁措置に協力すれば、イランの経済と社会に与える影響は深刻なものとなるため、イランは、制裁措置が取られた場合、中東の原油供給に重要なホルムズ海峡を封鎖すると宣言して対抗しています。このような事態がさらに悪い方向に進展していけば、核兵器を所有するイスラエルを巻き込んだ中東の紛争が勃発する可能性も出てきます。
現在のところ、今回の制裁措置に対して、中国・ロシアは反対している状況です。ロシアは中東における政治的ポジションを得る思惑があり、また中国はイランの最大の輸出国であり、その輸入量を増加させているという事情があります。1月21日に中国税関総署は、2011年のイランからの原油輸入量は前年比30%増の2776万トンであったことを発表しています。つまり、中国がイランからの輸入を削減しない限り、経済制裁の効果は限定されることになるのです。これまでのイラン制裁措置においても、欧米・日本が撤退したり経済制裁をした分野で、中国やロシアが「漁夫の利」を得てきたという経過もあり、今回もそのような展開になるのではないかとの見方も出ています。
3、制裁措置の日本への影響
日本は海外から輸入する原油のおよそ10%弱をイランに依存しています。これまで取られてきたイラン制裁措置の中で、我が国の石油元売会社がイランからの輸入量を徐々に減らしてきた結果です。但し、現在でも日本の石油元売会社が取引する大手金融機関の中では取引量は明確にされていませんが、イラン中央銀行と決済している部分が残っているとされています。制裁措置が発動されると、これらの金融機関は、アメリカ国内の金融機関との取引ができなくなり、経営的に大きな打撃をうけることになります。
また、イランからの原油輸入の制限や禁止が行われた場合は、我が国として、代替措置を考えなければなりません。すでに、経済産業省は、国内石油元売り各社に対し、代替調達先の確保を急ぐように要請しています。当面は、現在の主要輸入国であるサウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)などからの調達拡大で埋める見通しです。(表2参照)
表2. 我が国の原油輸入先国の輸入比率(中東諸国のみ)(2010年度)
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サウジアラビア 29.2(%) アラブ首長国連邦 20.9 カタール 11.6 イラン 9.8 クウェート 7.0 イラク 3.3 オマーン 2.7 計 84.0 |
これらの措置で、国内の石油の需要を賄うだけの量は確保できると見通されていますが、問題は原油価格の上昇です。
制裁措置が国際的にどこまで徹底されるかは不透明ですが、イランが世界の原油産出量の約5%を占める中、イラクを主要調達先としている韓国やイタリアなどが日本とともに一斉に他の産油国からの代替調達に走れば、原油価格に上昇圧力がかかります。すでに、昨年の秋には欧米景気減速で1バレル=70ドル台まで低下した原油相場は、イラン情勢緊迫化などで今日100ドル前後にまで上昇しています。さらに、イランがホルムズ海峡封鎖に言及し、またイスラエルもイランの核施設空爆の可能性を示唆していることで、原油価格はさらに上昇する傾向が予測されています。
この原油高は、東日本大震災からの復興途中にある日本経済にとっては極めて厳しいものとなります。とくに福島第1原発事故の影響で火力発電の比重が高まる中で、原油価格の上昇は電気料金の引き上げやガソリン価格の上昇につながり、企業の収益を圧迫し、個人消費も冷やしてきます。またエネルギー・物流コストの上昇は生産拠点の海外移転を促進させる主要因の一つであり、我が国の「ものづくり」産業とそこで働く従業員の雇用問題にも発展する深刻な状況を生み出すことも懸念されます。
4、イラン制裁と日本のとるべき立場
このようなイラン制裁措置の影響を考えながら、イランの核兵器は開発を阻止するためには、日本として取るべき対応の選択肢は限られています。
第一には、EUと同様にアメリカの制裁措置に全面的に協力し、イランからの原油輸入を禁止して圧力を強める対応です。第二は、イランからの輸入量を減らしながら、アメリカ政府に制裁の例外措置を認めてもらうことです。そして第三は、イラン中央銀行との決済や民間の金融機関を通じての原油取引決済を他の方法に切り替えていく方法です。
今日の国際情勢や我が国のエネルギー事情を考えると、現時点では日本への適用例外を求めながら、イランに対して一定の圧力をかけていく第二の対応が最も現実的であると考えられます。
すでに、日本政府は「米国防授権法」の適用例外などの条件が決まる3月末に向け、米政府側と交渉に入っています。安住財務大臣は、1月12日訪日したガイトナー米財務長官と会見した際に、イラン産原油の輸入削減を表明し適用例外を求めましたが、これを受け、現在、各省の担当者が、原油輸入削減の詳細や邦銀の制裁回避などについてアメリカ政府の高官と協議をはじめています。
日本側は、①米国のこれまでの対イラン制裁に協調しイラン産原油の輸入量を過去5年間で4割削減したこと、②一昨年にはイランのアザデガン油田の権益も放棄し大きな犠牲を払ったこと――などを強調しアメリカの理解を求めていく方針です。しかし、イランにとって日本は、中国、インドに次ぐ3番目の原油輸出先であることから、アメリカとしては、日本の例外適用には高いハードルを課してくくるこことが予想されます。とくに、アメリカは秋に大統領選挙を控えており、米議会の対イラン強硬論がますます大きくなっています。これはイランの核兵器開発を何としても阻止したいイスラエルのロビー活動が背景にあると言われていますが、今後の日米間の協議はいっそう厳しくなってくると考えられます。
被爆国としての日本は、イランの核兵器開発疑惑を見過ごすことはできません。今回のアメリカの制裁措置には積極的に協力していくことは当然のことですが、一方で、国内への影響を最小限にとどめていく施策も講じていかなければなりません。その最大の課題は、中東の政情の不安化による原油価格の上昇を何としても防ぐことです。
これまでも、イランの制裁措置に対して、トルコやブラジルなどがイランに国際協調を促す外交努力をしてきた経過がありますが、日本外交についても、複雑な中東情勢の中で果たすべき一定の役割が期待されています。
イランは長年の親日国でしたし、またイスラエルも日本は友好国の一つです。これまでイランから安定的な原油の輸入ができたことも、1953年の「日章丸事件」からの両国間の友好関係があったからです。これは、イランの石油国有化の骨抜きをはかろうとする国際石油資本とイギリスの圧力の中で輸出先を失ったイランに対し、「出光タンカー日章丸2世」が極秘航海でイギリス艦隊の監視網をくぐり抜けアバダン港に入港し、原油の直接買い付けに成功したという歴史的事件です。
国際社会は、イランの核開発問題をめぐる問題を圧力で解決する方法と同時に、イスラエル・イラン戦争を未然に防ぐための交渉を通じた平和的解決の道にも大きな期待をかけているのです。
