政策レポート

2009年2月18日

深刻化する雇用情勢と職業訓練政策の重要性

1、緊迫する雇用情勢と若年者の職業能力の問題

米国発の金融危機による世界同時不況が一段と進む中で、我が国の景気も大きく後退し、昨年末から、派遣など非正規雇用労働者のみならず、正社員の解雇も増大しはじめ、雇用情勢は深刻化しています。受注減や減産に対応する経営合理化がさらに進むことが予想され、働く場と生活の場を失った労働者がますます増え続けることになります。失業は、当事者とその家族を生活危機に追い込むとともに、社会全体として見ても大きな経済的損失を生むことになり、緊急かつ根本的な対策を講じていかなければなりません。

政府や自治体は、非正規雇用の契約打ち切りなどによる失業者に対し、当面の生活救援や仕事斡旋、さらには自治体における直轄事業への就労促進などの対策を推進しています。しかし、これから不況の波がじわじわと広がり、膨大な失業が発生することが予想され、内需拡大をはかる緊急かつ適確な財政・金融政策を推進するとともに、中・長期的視点にたった周到な雇用対策を展開する必要があります。とりわけ、若年者に職業能力を付与する施策が最優先課題であると考えます。平成不況が長期化する中で、いわゆる就職氷河期にあった多くの新卒者が正規雇用の道を閉ざされ、アルバイト、派遣、日雇いなど非正規雇用への就業を余儀なくされました。結果的に、一般的な職業能力をも身につけるチャンスを失ったまま、多くの若者が30歳代に入っていきました。それでも、景気が徐々に回復していく中で、不安定ながらも働く場が与えられ、生活の糧を得ることができましたが、今回の世界的な不況の下で、フリーターの雇用を取り巻く状況は一転しました。いまこそ、若年者を中心に、生活補償と雇用対策を連動させた施策が求められており、とくに失業状態あるいは不安定雇用にある労働者に対して職業能力を付与する実効性ある職業訓練サービスの提供が重要であると考えます。

 

2、訓練期間中の生活補償の問題

現在、若者をはじめとする職業訓練政策を進める上で最も留意しなければならない点は、訓練期間中の生活支援です。とくに非正規雇用から離職した失業者はもともと低賃金であったために貯蓄も少なく、どうしても訓練期間中の生活を支える生活費や住宅確保が必要になってきます。

厚生労働省は、この問題を直視し、介護労働に係わる訓練期間中の生活支援として、月10万円を貸付する制度をスタートさせました。この施策は、人手不足が慢性化している介護の分野に目をつけ、労働市場のミスマッチ解消と職業訓練を兼ねた施策として講じられるものです。具体的には、ハローワークを通じて介護関係の職業訓練の受講を請求した離職者に対し、介護福祉士の資格を取得する2年間養成コースやホームヘルパー1級用の半年コースなどを斡旋するものです。当然、訓練費用は国が負担し、その間の生活資金を貸し付けるというもので、2009年度は約2万6000人の受講を見込んでします。

この1月に介護福祉士の国家試験(筆記)が行われ、14万人以上が受験したとの報道がありましたが、恐らく、多くの非正規雇用労働者も安定した職業への就職に結びつく資格や技術を身につけることの意義を実感していると思います。しかし、資格取得や職業訓練には、お金も時間もないという若者が多くいるのも事実です。職業訓練政策においては、様々な事情を抱えた個々の労働者のおかれた状況を見ながら、きめ細かい施策を展開していくことが重要だと考えますが、今回の生活資金の貸付制度はその第一歩と言えるでしょう。但し、扶養家族がいる労働者にとっては、住居が確保されたとしても、10万円で生活するのは十分ではなく、さらなる制度の充実が求められます。また、介護労働について言えば、雇用拡大の大きな受け皿とはなりますが、一方で、労働条件が厳しく相対的に低賃金であることから、今後、介護施設などに就職しても長期に定着していくかどうかは大きな不安が残ります。この分野における処遇改善、労働条件の引き上げが併せて求められことは言うまでもありません。

 

3、公的職業訓練政策の問題

我が国おける公的な職業訓練政策は、先進工業諸国の中でも、質、量ともにレベルは低いと言われています。ヨーロッパの先進工業国では、500日間の失業手当の支給と訓練期間中の無料の職業訓練が実施されたり、失業手当付きで1年間、国の認定職業資格を取得する教育・技能訓練が実施されたり、中には、400もの実践訓練コースを備えた職業訓練機関を持つ国もあります。

我が国の職業訓練の特徴は、いわゆる「on the jobオンザジョブ」と言って、企業が採用した正規社員を企業自らが現場で訓練するというのが主流であったということです。一方での「職業訓練校」を中心に実施されてきた公的な職業訓練政策はかなり限定的なものとして運営されてきました。職業訓練の主なるものは企業内訓練であり、公的な職業訓練制度はあくまでも従という位置づけでした。しかし平成不況が長期化し、海外との競争激化に対するコスト削減が極端に進められたため、企業内の人材育成や技術訓練への資源配分が急速に縮小していきました。教育関係の予算や人員の削減が行われ、必要とされる技術や技能についても、一定の技能をもった労働者を要する請負業や派遣に頼っていったわけです。

公的な職業訓練施策がもともと十分ではなかった中で、このように民間の職業訓練機能が大きく低下すると、国全体として、ものづくり力の維持・向上という製造業の根幹にかかわる点で大きな問題を引き起こすことになったのです。

今日のさらなる不況のもとで、企業の職業訓練・教育にかけるエネルギーはさらに減退するものと予測されますが、このような時にこそ、労働者の職業訓練、能力開発における国や地方自治体の責任と役割が期待されるのです。「雇用対策法」は、女性や高齢者の就業、若者の雇用促進や不安定雇用に係る雇用形態の改善に向け、職業訓練や職業能力検定に関する施策を充実させることは国の責務であると明記しています。現在、非正規雇用は全就業者の3分の1を上回り、しかも現下の不況のもとで多くの非正規労働者が雇い止めや解雇の危機に直面している中、国・自治体は実効性のある「積極的雇用対策プログラム」を立案・実行すべきです。

 

4、職業訓練施設の縮小政策の問題

前述のように、我が国において公的な職業訓練政策の充実が求められているわけですが、実際は、小泉内閣から始まった行政改革・規制緩和路線のもとで、公的職業訓練施設の縮小・民営化が政府審議会などの中心的テーマとして論議されてきました。

現在、国が管轄する職業訓練施策は、独立行政法人「雇用・能力開発機構」が担っており、施設としては全国約60カ所の職業能力開発促進センター、10カ所ある職業能力開発大学校とその付属短期大学校があります。しかし、行政改革議論の中で、京都にある職業体験施設「私のしごと館」が行政の大きな無駄遣いとの批判を浴び、このことに関連して、公的な職業訓練施策も無駄ではないかという議論に発展していきました。

こういった流れの中で、政府の「行政減量・効率化有識者会議」は昨年の9月17日、独立行政法人「雇用・能力開発機構」の業務について廃止、または地方・民間・他法人への移管を進め、同法人を解体する方向性を示しました。

政府はこの報告書にもとづき、昨年12月18日の閣議において、職業訓練施設に関する次のような合理化政策を決定しました。

①「雇用・能力開発機構」の廃止と機構がもっている職業訓練機能は独立行政法人「高齢・障害者雇用支援機構」に統合する。

②職業能力開発総合大学校(神奈川県相模原市)はコスト改善をはかり、ものづくりのセンターオブエクセレンス(卓越した研究教育拠点)として競争力強化に資する取り組みをする。

③職業能力開発促進センター(全国61カ所)と職業能力開発大学校・短期大学校(全国11校)は、都道府県の希望があれば都道府県に移管する。

④「私のしごと館」は廃止し、建物を売却する。

現在の公的職業訓練制度に関しては、訓練科目がそれぞれの地域のニーズに合っているのか、指導員の能力が十分なのか、あるいは予算の効率的な支出が行われているのかどうか、といった様々な課題があります。これらの課題については、閣議決定においても指摘されており、厚生労働省や「雇用・能力開発機構」は自らが問題意識をもって抜本的な改革をはかっていくべきです。

しかし、今回の閣議決定のように、公的な職業訓練施設を自治体に移管したり、民間に売却すれば全てが良い方向に向かって問題が解決するというわけではありません。実際、職業能力開発促進センターや都道府県が運営する公共職業訓練校は、地元の若者が安い学費で職業訓練を受けることができ、就職率もよいことから、地域の雇用対策において大きな役割を担っています。2006年度の実績統計では、新規学卒者の職業訓練は、雇用・能力開発機構機の関連施設で約8,000人、都道府県の訓練施設で約15,800人が受講しました。その就職率は、雇用・能力開発機構機が98%、都道府県が93%と高率を維持しています。

これらの実績を重視しながら、国や自治体関係者は、さらに大きな政策効果を生み出す仕組み、組織、人材確保を考えていかなければならないと考えます。

 

5、注目すべきOECDの報告

経済協力開発機構(OECD)は、昨年12月18日に「若年雇用政策報告書・日本(Job for Youth-Japan)」をタイミングよく発表しました。

この報告書によると、日本の若年層は正規雇用に就くのがますます難しくなっていること、具体的には、2007年で学生を除く15~24歳の若年労働者の約3人に1人が派遣やパートタイムなどのいわゆる非正規雇用に就いているおり、若年者は労働市場における二重化の深刻な影響を受けていることを指摘しています。そして、日本の当局は若年層の支援に向けて職業訓練制度を拡大するとともに、若年非正規労働者向けの社会保障を拡充する必要があると力説しています。

現在、日本政府としても、派遣やパートタイムの職に就いている「フリーター」と呼ばれる若年層を支援するため、やる気を失った若者向けの就職支援合宿の実施、求職中の若者向けワンストップサービスセンターであるジョブカフェ、職業訓練やキャリア開発を促進するジョブカード制度などを実施しています。

OECDの報告は、これらの施策に加え、①学生のスキル形成・向上のために高等教育機関と企業の連携を密にすること、②若年層向けの公的職業訓練を拡充するために、政府は、企業の資金、労働者の拠出、国の予算・特別会計などの公的資金の間で負担のあり方について合意をはかること、③正規労働者と非正規労働者の間にある実効的保護の格差を縮小するとともに、賃金や給付金における差別的慣行の問題に取り組むこと。④若年層向けの積極的な労働市場プログラムを強化し、これに投入する公的資金を増やすとともに十分な資格を得ずに学業を離れた若者向けの支援を強化すること――などを提言しています。

このOECDの報告・提言を参考にしながら、我が国も若年者を対象とする積極的な雇用対策・職業訓練政策を推進すべきだと考えます。とりわけ、我が国の雇用関連支出の対GDP比率をみると、失業給付などの消極的雇用政策支出の比率が高く、職業訓練、職業紹介、若年雇用対策、雇い入れ支援や雇用維持支援のための所得補償など積極的雇用政策支出の比率が低いという特徴があります。今後は、若年者の職業訓練を重視した積極的な労働市場プログラムを推進するよう、政策の根本的な転換をはかっていく必要があると考えます。

 

6、イギリスでの若年失業への取り組み

現在、我が国がおかれている若年失業者の問題は、1970年代の石油ショック以降、ヨーロッパの先進工業国が大いに悩んできた問題でした。若年失業者対策は、各国の中心的政策課題でありつづけ、各国政府はその経験の中で、若者の職業訓練政策に重点を移していきました。その代表例がイギリスです。1997年、若い党首ブレアで政権を奪還した労働党は、若年失業対策を重点政策に位置づけ、「福祉から就労へ(Welfare to Work)」を目的とする「若年失業者ニューディール政策」として諸施策を実行に移しました。この政策展開は、現在の日本の状況から大変に参考になるものであり、以下、ブレア労働党の雇用・失業対策を概観します。

イギリス労働党が展開した「若年失業者ニューディール政策」の中心的施策は職業訓練政策でした。注目すべき点は、この失業対策と教育政策の財源を、「ウィンドフォール税」(過剰利益を得た民営化企業に1回限りの税金をかけたもの)に求め、その財源の半分近くを若年失業者対策に充てるという大胆な政策を実行したのです。この政策の基本的考え方は、「低所得者層の若者はスキルを向上させる機会が少なく、失業状態になりやすい。そこで職がないために低所得から抜け出せないという悪循環に陥りやすくなる。したがって政府は、この悪循環を断ち切るために、若者むけに徹底した職業訓練政策を推進する」というものでした。この政策が長期にわたって継続された結果、イギリスでは若年者の失業率が他のヨーロッパ諸国に比べ見違えるほどに改善していったのです。

この「若年失業者のためのプログラム(New Deal for Young People Aged 18-24)」の具体的施策を観ますと次のようになります。

 

表1.イギリスの若者向けニューディールの予算推移

(単位:100万ポンド)

1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
金額
12
162
282
293
219
178
212
193
190

表は「イギリスの雇用に係わるアクションプラン2004」より

 

第1段階として、6か月以上の求職者給付(失業給付)を申請している若年失業者に対し、彼ら長期失業者とならないよう、最初の期間、最長4か月間にわたり、個人アドバイザーによる集中的なカウンセリングやガイダンス、職業能力評価を受けながら就職を目指していく指導を行う。

第2段階として、この期間内で仕事が見つからなかった人には、次の4つから選択をしてもらう。①企業に対し6か月の賃金助成(週60ポンド――約1万2000円を限度)を行う助成金付き就職と訓練のための費用助成(750ポンド――約15万円まで)、②.最長12か月間の教育訓練(この間は求職者給付を受けることができる)、③ボランティア団体や公的環境保全事業での就労と訓練(6か月――求職者給付と同等の手当、訓練機会等が提供される)、④自営業の開業支援(6か月の助成)――という4つのオプションである。

第3段階として、この2段階を経た後でも就職していない人は、さらに最長4か月間、就職に向けた支援を受けることができる。

3段階にわたるきめ細かい若年者雇用対策の実施により、イギリスでは、1998年から2002年12月までの間、プログラムに参加した若者の延べ人数は約91万人に上り、そのうち約41万人が就職し、さらにその中の約33万人が継続的な職(13週間以上)を得た、との実績が出ました。労働党は、すでに政権を獲得する1997年の総選挙のマニフェストで、「25万人の若年失業者の就職の実現」を公約として掲げていましたが、まさにこの「ニューディール政策」により、公約を実現させたのです。

 

表2.イギリスにおける若年失業率、若年就業率、実質GDP成長率等の推移

(単位:%)

1985
1990
1995
2000
2001
2002
2003
2004

若年失業率(15~24歳)

17.8
10.1
15.3
11.7
10.4
11.0
11.5
10.9
全年齢の失業率
11.3
6.8
8.6
5.5
4.7
5.1
4.8
4.6
25歳以上の失業率に対する若年失業率の比率
1.9
1.7
2.1
2.7
2.7
2.8
3.1
3.1
若年長期失業率(失業者に占める1年以上の長期失業者の割合)
41.6
20.7
27.2
14.4
14.5
11.2
12.5
12.1
若年就業率(15~24歳)
62.8
70.1
59.0
61.5
61.0
60.9
59.7
60.1
実質GDP成長率
3.6
0.7
2.9
4.0
2.2
2.0
2.5
3.2

表は「OECD"Labour Market Statistics INDICATORS」より

 

イギリスの「ニューディール政策」は、失業者への失業手当や母子家庭に対する生活保護などを中心にした保護政策重視ではなく、就業という社会活動への参加促進を重視した政策に社会的資源を投入し、若者の自立意識を高め、失業の長期化を予防し、結果的には公的な財政支出を効率化しようとする極めて戦略的なものであったわけです。

現在、我が国においても、失業問題は若者に限ったものではなく、男女差・年齢差・雇用形態の差もなく、あらゆる層に広がろうとしています。イギリスの過去の例のように、多くの労働者が「失業→貧困→教育・訓練機会の喪失→失業」という悪循環に陥る危険が高まっています。この悪循環を断ち切るには、まず正規雇用を増やす経済政策、高付加価値商品の開発など企業活動の活発化などとともに、生活補償を付加した積極的な職業能力開発政策を展開していくことが不可欠です。このことを積極的に政府に働きかけていきます。