政策レポート

2008年12月12日

裁判員制度のスタートに向けての課題

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来年の2009年5月21日から「裁判員制度」がスタートします。

裁判員制度は、国民から無作為に選ばれた6人の裁判員が、殺人や傷害致死などの重大事件の刑事裁判について3人の裁判官と一緒に裁判をするという新しい制度です。

この制度の目的は、「国民の司法参加」です。法律の専門家でない市民が裁判に参加し、その市民感覚が裁判の内容に反映されるようになれば、裁判そのものが国民にとって身近で分かりやすいものになる、そしてこのことが司法に対する信頼の向上につながるという考え方です。

国民が裁判に参加する制度は、アメリカ合衆国の陪審制、フランス・ドイツの参審制など、世界の国々ではすでに広く行われていますが、我が国もこれらの諸国の制度を参考にしながら、日本流の市民参加制度が練り上げられてきたわけです。

現在、この制度のスタートに向け、裁判人の選任に向けた作業が各裁判所で進められ、すでに11月末に29万5000人の人に候補者に選任された旨の通知が行われました。しかし現在、最終的な準備段階に至って、裁判員制度についての国民の不安が高まりつつあり、また制度の問題点を指摘する論調も高まってきています。NHKの12月5日の特集番組でも、市民の不安や新制度実施への不満などが明らかなりました。

この新制度については、国会では全会一致で決定されたわけですが、現在は国会議員の間でも、制度のスタートに対して慎重になるべきだとの意見も広がっています。以下、裁判員制度の概要と問題点を簡略化して列記しますが、裁判所は今後の準備作業に留意してほしいと思います。

1、裁判員としての責務の遂行問題

裁判員が裁判に参加していくスケジュールは一般的に次のようになります。

①各地方裁判所・支所は、次年度(任期1年)の裁判員について、選挙人名簿から裁判員候補者を抽選で選び、前年の12月末までに本人に通知します。(本年は11月28日に最高裁から発送された)

②通知を受けた者のうち、裁判員を受けられない事情がある者は裁判所に連絡し、これが認められれば候補者から除外されます。

③重大事件の裁判が行われることになると、裁判員候補者の中から事件ごとに50人から100人がくじで選ばれ、呼び出し状と質問票が送られます。

④選ばれた裁判員候補者は、裁判当日、裁判所に出向きます。まず辞退希望者が申し出て裁判所がこれを認めれば除外されます。残された者の中から正式に6人の裁判員が選任されます。

このような手続きでこの裁判員が選ばれますが、この過程において最も問題になる点は、仕事を持つ市民が裁判員になることで不利や負担を被らないかということです。本制度は、市民参加を目的とした制度のため、基本的には辞退は認められません。例外的に、①70歳以上、②地方自治体の議員(会期中に限る)、③学生や生徒(通信制の場合等は除く)、④過去5年間に裁判員を経験したもの、⑤重い病気、⑥親族の介護・養育――は認められますが、単に仕事が忙しいというだけの理由では辞退は認められないのです。

制度の説明パンフレットには、「とても重要な仕事があり,あなた自身が処理しなければ著しい損害が生じると裁判所が認めた場合のみ,辞退が認められます。お忙しいとの事情はわかりますが,裁判員に選ばれた場合には,ご協力をお願いします。」と記載されています。裁判所で辞退が認められなければ、罰金を払ってでも辞退を強行するしかありません。実際に、欧米では多くのビジネスマンが罰金を払ってでも辞退しているようです。仕事の多忙さや重要さをめぐる基準が明確にされなかったり、基準そのものが厳格に運用されると、制度がスタートしても、裁判所と裁判員候補者とのトラブルが頻発することが予測されます。

2、裁判員候補者の主義・信条の問題

裁判所は、裁判員の選任にあたり、被告人や被害者との関係がないかどうか、あるいは辞退希望がある場合はその理由などについて候補者に質問します。ここで生じる問題が生じるのは、この面接の際に、「思想・信条の自由」に関わる質問が強制的に行われないかということです。

例えば、「警察官を信用しているかどうか」とか、「死刑判決を選択出来るかどうか」などの裁判長の質問に対して、裁判員候補者はどのような返答をするのでしょうか。最高裁の解釈では、裁判員候補が、内心を偽って回答した場合の罰則適用を可能としています。裁判員法の第10条は、「裁判員候補者による虚偽記載罪等」を規定し、「裁判員候補者が、第30条に規定する質問票に虚偽の記載をして裁判所に提出し、又は裁判員等選任手続における質問に対して虚偽の陳述をしたときは、50万円以下の罰金に処する」となっています。

裁判員候補者は、常に内心の正直な表明を迫られることなるわけで、このことは大きな精神的ストレスとなります。例えば、実際には「死刑廃止論者」でないのに、裁判員選任を免れようとして「死刑廃止」を装った場合がはっきりした場合などは、罰則を覚悟しなければなりません。これでは、市民が支持する制度とはなり得ません。

実際に世論調査においても80%の人々が裁判員になりたくない(08年1~2月の最高裁調査で82・4%が消極的回答)、と回答しています。裁判員制度は、市民からの理解を得られないばかりか、どちらかというと敬遠される制度になろうとしています。市民がこの制度を十分に理解して支持を得るまでは制度施行を急ぐべきではないとの考え方が強まるのも当然です。

3、裁判員の精神的負担

裁判員の主な役割と仕事は、公判に出席して証人尋問、証拠調べをした後、評議、評決を行い、有罪無罪の判断、有罪の場合の刑の種類や重さの判断を行うことにあります。このため、裁判員には出廷義務と守秘義務が課され、これに違反すると科料や罰金刑が科せられます。とくに守秘義務違反には、6か月以下の懲役又は50万円以下の罰金という重い刑が課せられます。この精神的負担は大きなものがあります。

さらに、対象となる事件は、殺人や傷害致死、危険運転致死、身の代金目的誘拐など、いわゆる凶悪犯と言われるものですが、これらの犯罪への刑罰は当然死刑も範囲に入ってきます。一般市民が死刑判決を下すという心理的ストレス、あるいは死刑でなくても被告人の一生を左右する判決を出すということは、かなり大きな精神的負担になると思われます。さらに、残忍な事件現場の写真を見ることによる「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」が発生する恐れもあり、その対応やフォローアップも重要になってきます。法施行を前に、これら市民が持つ大きな不安に対し、裁判所はより具体的な対応策を提示すべきだと考えます。

この制度がスタートすれば、さまざまなバックグラウンドをもった市民の裁判員とプロの裁判官が一つのチームをつくり、責任を持って意見を出し合い、協力していくことが求められるわけですが、裁判員がさまざまなストレスを抱え、精神的な負担を大きく感じれば、自由闊達な意見交換の場は失われることになります。市民である裁判員が本心に従って最大の知恵を出し合うことで、その期待に応えることが願われており、裁判所は裁判員のメンタルヘルスを含めたフォロー体制をとるべきだと考えます。

4、報道規制のあり方の問題

裁判員制度でもう一つ問題視されている点は、裁判員制度と報道との関係です。最高裁判所の基本的な考え方は、法の専門家でない裁判員が公平・中立な判断を行えるように、事件に関する報道については一定程度の規制をすべきであるというわけです。

裁判員制度で扱われる事件はいずれも凶悪・重大事件であることから、事件の発生から逮捕、裁判に至る過程で、マスコミや週刊誌などで様々な報道合戦が繰り広げられることになります。さまざまな犯人像が描かれ、家庭・教育環境から職歴や犯罪歴、知り合いの人物評などが識者などコメントを含め報道され、また被害者に関しては悲しみの大きさや犯人を恨む気持ちなどが刻々とメディアを通じて流されます。プロである裁判官は証拠や裁判での証言・陳述から犯罪の事実認定を行う訓練がされているが、一般市民の裁判員は、事件発生から最終的な判断に至るまで、これらマスコミの情報に大きく影響される可能性が高くなる、つまり偏見が生じるという懸念が持たれているのです。

裁判員制度の立法過程では、「報道機関は偏見を生じさせない配慮する」という偏見条項を法案に織り込む動きもありましたが、最終的には報道機関の自主規制ということになりました。しかし、例えば、報道機関がガイドラインを作ることになるとしても、裁判所側は、①捜査機関が得た情報を事実のように報道すること、②自白内容を報道すること、③容疑者の生い立ちや人間関係を報道すること、などは中立・公正な裁判に障害をきたすとして、一定の報道規制の対象となることを期待しているようです。これでは、事件についての報道は大きく制約され、国民の知る権利も損なわれることになります。

まさに、裁判員制度は市民参加による民主的な裁判制度を目指しながら、一方で、裁判の中立・公正性を確保するために民主主義の基盤である報道規制をしようとする、相反する二つの側面をもっているのです。裁判所は、制度のスタートを前に、報道機関や国民が納得できるような報道規制についての考え方を明らかにすべきと考えます。

5、労働協約締結の問題

裁判員法では、裁判員の任務のために仕事を休んだ場合に、会社が解雇や給料を減らすなどの不利益な扱いをすることは禁じられています。しかし、例えば、会社員が裁判員として裁判に参加した際の休暇の扱いについては、有給休暇とするのか、あるいは無給にするのかは労使の判断、あるいは企業の判断に任せられています。

このため、労働組合は、かねてより公民権行使と同様に、裁判参加については有給の特別休暇扱いにするよう要求してきました。また、最高裁からは経済団体、企業等にむけて、休暇制度の導入の検討が要請されてきたこともあり、これまで多くの労働組合が特別の有給扱いについて会社側の回答を得ています。

連合の調査(08年7月時点)によると、特別休暇(有給)としての「裁判員休暇」を要求した1071組合のうち、714組合が要求を実現しているとのことです。また、日本経団連の調査(08年9月)では、経済法規委員会所属の197社のうち回答があった93社が休暇制度を導入、もしくは導入予定にあり、そのうち86%の80社が有給扱いにするとの回答であったとのことです。

しかし、大企業や労働組合が組織されている企業ではこのような対応が一般化するでしょうが、中小零細企業あるいは労働組合がない企業では、休暇制度を設けたり有給休暇とすることがなかなか進まないのではないかと思います。会社員が裁判員候補となっても、積極的にその責務を果たせるよう、各企業での労働条件面での整備が必要であり、今後、政府として、また最高裁としても何らかの指導指針などを打ち出すべきだと考えます。