政策レポート

2008年8月26日

「2008年版労働経済白書」とものづくりの課題 働きがいのある社会の実現にむけて

厚生労働省は7月25日に「平成20年版労働経済の分析」(以下、「白書」と略記)をまとめ発表しました。

今回の「白書」は、「働く人の意識と雇用管理の動向」を主要テーマとし、働く人々の意識と雇用管理に関する分析を通じて、働きがいのある社会の実現と我が国の経済産業の持続的発展に向けた課題と政策を提示しています。その背景にあるものは、人口の減少と特に若年層を中心にした職業能力の停滞という実態です。これら労働力人口の問題や労働能力の問題は、我が国の産業の強みとなっている生産現場で「ものづくり力」の維持向上という視点からも憂慮される問題です。今後は「白書」が指摘しているように、より多くの就業参加と労働生産性の向上を促す施策を講じていく必要があると考えます。

今年の「白書」を全体的に評価すれば、現在の労働市場の課題を的確に捉え、問題解決のための政策を一定程度は示唆していますが、現実の労働市場や雇用労働者の生活実態を大きく改善させるための政策は的確に示されていないよう思えます。経営者や労働組合、あるいは行政がどのような具体的施策を講ずればよいのか、また、その政策を法的・行政指導的に担保するものは何なのかを具体的に示していく必要があると考えます。とくに、今日の労働問題を深刻化させた一つの要因が、小泉政権以降のさまざまな規制緩和措置にあったことは否定できません。厚生労働省は当事者として、この反省に上にたった政策提言が求められるのではないかと思います。

以下、「白書」の分析における主要課題を見ながら、労働・雇用問題や「ものづくり」に関わる諸問題について、問題解決のための政策のあり方を検討します。

 

1、厳しさを増す勤労者の雇用と生活

「白書」は、第1章で、例年通り、現状の労働経済の推移と特徴を分析しています。雇用情勢については、2007年は完全失業率が10年ぶりに3%台になったとは言え、依然として厳しい状況にあり、とくに有効求人倍率も2007年央から低下傾向にあります。また、賃金については、現金給与総額は横這い、所定内給与と一時金は減少、結果的に労働分配率も低下し続け、勤労者家計は全体として力強さを欠いている状態を明らかにされています。このことをマクロ経済的にみれば、消費者マインドの悪化による消費停滞が引き起こされ、今後、経済全体に不況誘発要因として働くものと思われます。

このほか「白書」は、労働時間の実態について、2007年度は総実働労働時間が減少したものの、時間外労働は6年連続で増加したことを報告しています。これは、企業が正規雇用の減少分を時間外労働でカバーしているという実態があるものと思われます。そして、「白書」は、「景気回復を着実なものとする経済運営に努めながら、経済成長の成果を、雇用の拡大、賃金の上昇、労働時間の短縮へとバランス良く配分することによって、勤労者生活の充実を通じた持続的な経済発展を実現していくことが求められる」と強調していますが、まさに、そのとおりだと思います。現政権においては、こういった視点からの経済政策や雇用政策は全く見られず、勤労国民の生活や雇用が厳しい状況にあるにも拘わらず、ただ傍観しているのみで、政権担当能力が大きく問われています。

 

2、仕事の満足度と労働市場の構造問題

「白書」は、第2章及び第3章において、「仕事の満足度」や「賃金制度の問題」を取り上げながら、今日の労働・雇用の構造的問題に切り込んでいます。

まず、「仕事の満足度」に関する分析では、我が国における勤労者の仕事に関する満足度は、1990年代半ば以降、長期的に低下していると指摘しています。その理由の一つとして、正社員が減りパートや派遣などの非正規社員が増えていることを挙げています。またパートタイマーなどで、正規の従業員として就職したいと思っている「不本意な就業者」は、他の労働者に比べ仕事から得られる満足感が低く、さらに相対的に賃金水準の低い非正規従業員は賃金に対する不満を高めていると考えられています。

そして、満足度を高める対策として、長期的な視点に立った社員の採用、配置や育成が必要だとしています。特に、正規従業員として就職したいと思っている人々の正規雇用化に向けた支援を充実させていくとともに、就業形態の間見られる処遇のバラツキをより均衡化させる施策を推進していくことが求められるとしています。

また、「白書」は、正規従業員の中で、とくに中高年層で賃金格差の拡大と仕事に対する意欲の低下がみられることを指摘しています。この背景には、業績・成果主義的賃金制度が広がっている中で、中高年社員が自分の仕事に対する評価が正当に為されていない、あるいは業績や意欲に見あった処遇が為されていないという不満が拡大しているようです。

そして、「白書」は、これら仕事への満足度の分析を切り口にして、雇用管理と賃金制度の見直しが企業経営における重要な課題になっていると、経営者側の対応を促しているのです。

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3、雇用管理と生産性・職業能力の問題

「白書」は、労働力がどれだけ付加価値を生み出したかを示す労働生産性の推移と、就業者数や非正規労働者の割合との関係に着目しています。

雇用管理の動向について、まず、従業員の実態を統計的に明らかにしています。その特徴として、①1990年代半ば以降、正規従業員の削減が製造業中心に進んだ、②卸売・小売業やサービス業ではパート、アルバイト、派遣・契約社員などでの雇用増が大きく、女性や若年層でこれら正規以外の就業形態に就く割合が高まった、と指摘しています。

また、企業が非正規社員を増やしてきたのは労務コストの削減が主目的で、労働者が柔軟な働き方を望んだことに応えたわけではないと厳しい分析をしています。関連して、人材を安易に外部に求めることで新卒者の計画的採用と育成を怠り、若年者の雇用問題を生じさせたと指摘しています。

そこで「白書」は、企業が、競争力強化のために進めた正社員の絞り込みとパート・派遣など非正規雇用の拡大が、かえって生産性の上昇を停滞させたと分析しました。具体的に、「もともと生産性が低いサービス業での非正規雇用の急増と、生産性が高い製造業での正社員の削減の結果、低生産性部門は温存され、全体の労働生産性にマイナスの影響を及ぼしている」としています。

 

 

実際、全体の労働生産性の伸び(年率換算)を見ますと、70年代の4%、80年代の3.4%の伸びに比べて、90年代は1%、2000年代も1.7%と低迷している状況が分かります。とりわけ、サービス業では90年代から2000年代にかけて就業者数が年率換算で2.6%増え、就業者に占める非正規労働者の割合は24.6%(92年)から39.4%(07年)に拡大していますが、この間の生産性上昇率は年1.9%から0.5%に低下しているという状況です。一方、製造業について見れば、90年代から2000年代にかけて、総生産の増加率が年0.5%から2.9%へと加速し、生産性上昇率も2.3%から4.5%に伸びましたが、正社員の絞り込みで就業者数は年1.2%減から1.9%減へと減少が加速していった実態が読み取れます。この結果、製造業における非正規労働者の割合は10年余りで17.7%から22.9%へと拡大していったのです。

「白書」はこの実態を捉え、「非正規雇用の増加はコスト削減には有効でも、労働者の職業能力の向上を通じた生産性向上にはつながりにくい」、「生産性の伸びは就業者の削減により実現したが、この手法には限界があり、持続性を持った生産性の向上としては評価しがたい」と苦言を呈しています。そして、「我が国が今後とも高い産業競争力を確保していくためには、着実な労働生産性の向上が求められており、長期的な視点に立った計画的な採用、配置、育成によって人材を蓄積し、労働生産性の向上と人々の働きがいをともに実現していくことが重要である」と提言しています。

従業員1人ひとりが生み出す付加価値を高めることが、人口減少社会で経済発展を持続させるカギであるとの指摘は的確ですが、このことは、我が国の「ものづくり」力の維持・向上に関しても言えることでないでしょうか。高い生産力を担う労働者は、企業の中で豊富な職務経験を積み重ねながら育成されるわけですから、企業に長期的な視点に立った人材育成、あるいは雇用管理の改革といったものが求められると思います。

非正規雇用を増やし、長期的な人材育成を疎かにすることは、「白書」も指摘するように、生産性上昇においてはマイナス要因になるリスクがあるわけで、企業の将来的利益にのみならず、我が国全体としての利益を損なうことになりかねません。まさに、非正規雇用の拡大を食い止め、勤労者の生活を保障し、産業の持続的発展を促す雇用・労働政策の積極的推進が求められているのです。

 

4、成果主義の総括と賃金制度の改革

「白書」は、バブル経済崩壊後に企業が積極的に導入した「業績・成果主義重視の賃金制度について、制度を望む社員の意欲を高める一方で、処遇や賃金に不満を持つ社員が多いことを挙げ、「必ずしも成功していない」とその弊害的部分を指摘し、制度の見直しを求めました。

成果主義の弊害性は、その競争促進的な性格にあります。周りの社員は競争相手になるため、後輩や同僚に仕事のやり方などを教えることは自分にとって不利になり、結局は後進の指導に力を入れる人もいなくなります。また、仕事のノウハウが個人に滞留し、その結果、個々の社員が努力して得た蓄積が企業全体、あるいは関係部署に行き渡らなくなって組織の活力が減退していくということです。「白書」は、企業がそのような悪循環に陥ることのないよう厳しく自戒すべきだと主張しています。

もちろん、業績・成果主義は、社員が競争する中で初めて良いアイデアや活力が生まれてくるという利点があります。また、仕事をしてもしなくても、給料や職階に差がつかないならば、社員は敢えて新しい試みにチャレンジする意欲を失うことになり、社員のインセンティブを高めるという意味で、一定の業績に連動した賃金体系も当然求められるわけです。しかし、業績・成果主義が行き過ぎると、組織の中にまで「勝ち組」「負け組」が生まれ、職場の人間関係がとげとげしくなり、精神衛生上、好ましくない状況がでてくる危険性もあるのです。近年、職場におけるメンタル面での病気が顕在化していますが、「白書」が指摘しているように、こういった過度の競争を煽る賃金制度も、そろそろ見直していく必要があるのではないかと思います。

 

 

例えば、「白書」は、成果主義の問題点として、①評価する人によってばらつきが出やすい、②事業部門間の業績の差を社員個人の評価に反映させるのは難しい――等を指摘し、この欠点を克服する手段として、個々の社員の業績や成果に対する評価基準を明確化し、労働意欲の向上につながる部門に限定して成果主義を取り入れたりするなど、運用の根本的な改善を提言していますが、参考になる考え方だと思います。

とりわけ、製造における「ものづくり」の現場、あるいは研究開発の分野では、今日、その秀でた技術・技能・開発能力を後輩の従業員にいかに継承していくかが大きな課題になっています。こういった現場に、機械的に成果主義賃金制度を導入すれば、長期的には、必ずその弊害部分が表れてくることになると思います。今後は、企業としても、競争と協働とのバランスの取れた職場づくりに知恵を絞っていくべきだと思います。

労働政策の究極的な理想型は、着実な労働生産性の向上に裏付けられた所得の拡大や雇用の質の向上、そして誰もが高い満足度をもって元気に働くことができる「働きがいのある社会の実現」にあります。

とりわけ雇用の安定は、社会の安定にも繋がります。「白書」が強調するように、「一人ひとりの労働者が意欲をもって仕事に取り組み、高い能力を発揮することができるよう労使の取組みを基本に、中小零細企業に対する適切な配慮を図りながら、社会全体としても支援を強化していくこと」が強く求められます。

今後は、国会活動の中で、我が国の「ものづくり力」の維持・向上のための政策の推進を主張しながら、すべての働く人々のため、また働く意欲を持つ人々のために、雇用機会の確保、職業能力の開発、高度な産業構造の実現に向けた総合的な取組みを政府に求めていきます。

※図は 厚生労働省「平成20年版 労働経済の分析」より引用