政策レポート

2008年8月19日

消費者物価の上昇と政策課題について 年金スライド制への問題提起

1、消費者物価の上昇と国民生活への影響

原油や食料・原材料費の高騰により、消費者物価指数が上昇し、国民生活と産業活動に大きな影響が出始めています。国民の所得が伸びず、税や社会保険などの公的な負担も増える中での物価の上昇は、とりわけ低所得者や年金生活者、あるいは消費支出が多い子供養育家庭などを直撃し、厳しい節約生活を強いられることになります。

総務省が7月25日に発表した6月のCPI(全国消費者物価指数)は、生鮮食品を除いて前年同月に比べて1.9%も上昇しました。また、物価の先行指標となる7月の東京都区部のCPIは、生鮮食品を除くベースで前年同月比1.6%上昇しました。東京都区部と比べて消費に占めるガソリンの比率が高い全国のCPIは東京を大きく上回る傾向にあるため、7月の全国CPIが2%を突破する可能性が高くなりました。ガソリンや食料品もさらなる値上り傾向にあり、また電力・ガス料金の値上げも予定されているため、今年度の消費者物価指数は大幅な上昇が予測されます。

さらなる問題は、この「2%」という消費者物価指数の上昇率と生活実感としての物価上昇の間にみられる「差」です。実は統計的に見ますと、年間15回以上と頻繁に購入する身近な商品の上昇率は4.2%も上昇しているのです。7月25日のCPI発表の際に記者会見した大田弘子前経済財政担当相も、「消費者にかなりの負担感があると思う」と率直に述べています。これまでも消費者物価指数の算出については改良が重ねられてきましたが、生活実態をより反映させるように、対象商品や計算上のウエイトをさらに考慮していく必要があると考えます。

また、今回の消費者物価上昇は、「酒類以外の食料とエネルギーを除く指数」は前年同月比0.1%の上昇にとどまっており、商品・サービスの需給関係がタイトになって物価が上昇しているわけではないという特徴があります。つまり、景気停滞下における物価上昇という、かつての石油ショック時に経験した「スタグフレーション」的な様相を呈しているのです。財政・金融政策上、最もやっかいな経済状況に突入するのではないか、との見方も強まっていますが、このような時にこそ、政府と日銀が物価対策と景気対策のための強力な政策を打ち出すべきだと考えます。

 

2、消費者物価上昇と今後の政策課題

先進工業諸国のここ数十年の財政・金融政策の中心的ターゲットはインフレ対策です。インフレは、国民生活を破壊するばかりでなく、経済・金融・社会保障システムそのものを破壊しようとするからです。しかし、強力なインフレ対策を講じると景気抑制となり不況や雇用不安を招きますから、様々な政策の絶妙なコントロールが必要となってきます。

今日の我が国の経済状況は、物価高の不況というかなり厳しい状況の入口に立っていますが、残念ながら政府の対応は「無策」と言ってよいでしょう。小泉政権以降、基本的に経済問題は市場原理に任せるという政策基調が続き、また日銀も常に景気対策を重点においた金融緩和政策をとってきたという経緯があるからです。市場動向を観て的確な情勢分析さえしていれば事足りるというようにしか見えません。経済運営に最終責任を持つ大田前経済財政担当大臣の発言も、常に「評論家」的な言い回しでした。

状況はますます切迫しています。すでに、漁業においては重油の大幅値上がりのために採算がとれる漁業ができなくなりました。ようやく政府も重い腰を上げて、重油値上がり分に対する補助金支給を検討しはじめました。

今後は、困窮している個別の産業・業種、あるいは生活難に陥る人々にきめ細かい施策を講じていく必要があります。また、原材料費の高騰を商品価格に転嫁できずに一段と経営に苦しむ業種や企業がある一方で、便乗値上げを企図し収益を上げようとする企業も出てきますから、これを監視する態勢も整備しなければなりません。当然、公共料金の改定についても厳しいチェックがされるべきですし、今年の春に大きな政策論争になったガソリン税などの「暫定税率」の廃止問題についても、再度、真剣な政策論議を行なっていく必要があると考えます。

さらに、多くの国民が物価上昇から生活を守るために、買い控えや節約行動に走ると、国全体の経済は「消費不況」という泥沼にはまっていきます。消費を維持し喚起するための施策も強く求められます。

 

3、年金の物価スライド制の対応

消費者物価の急上昇によって最も影響を受けるのが年金生活者です。これまでは、物価上昇と賃金上昇に応じて年金を自動的にスライドさせる方法が取られてきましたが、平成16年度の法改正によって、「マクロ経済スライド制」が導入されました。これは、我が国の少子高齢化が進み、年金を支える人がどんどん減少することを考慮し、一定の比率を「スライド調整率」として年金額の計算に反映させるというものです。「スライド調整率」とは、公的年金の被保険者の減少率(約0.6%)と、平均余命の伸びを考慮した一定率(約0.3%)を合計した0.9%で、暫くの間はこの数字が適用されます。物価が上昇しても、この「0.9%」分は差し引くという仕組みですが、幾つかのパターンによって適用状況が変わってきます。

第1パターンは、物価がこの「0.9%」を超える上昇、例えば1.5%となったとしますと、1.5%-0.9%(スライド調整率)=0.6%の年金増額となります。

第2パターンは、物価が「0.9%」以下の上昇、例えば0.5%となった場合には、0.5%-0.9%(スライド調整率)=-0.4%となりますが、この場合はスライド調整率を適用せず、年金額は据え置きとなります。

第3のパターンは、物価がマイナスになった場合で、例えば0.3%マイナスだとすると、-0.3%-0.9%(スライド調整率)=-1.2%の年金減額が算出されますが、この場合はスライド調整率を適用せず、物価下落率の-0.3%のみの年金減額に止めるというものです。

要は、物価が上昇しても年金額はそこそこに抑え、物価が下落すれば年金額は減額するという仕組みなのです。

ここで、この年金の物価スライド制に関して大きな課題が生じてきます。それは、今日の物価上昇による年金生活者の困窮を考えれば、できるだけ物価上昇分を年金水準に反映させる方策がとられるべきだということです。政府は、平成12年から14年に物価が累計1.7%下落した時に特別な措置として年金額の据え置きを行ったため、物価が累積で1.7%上昇するまで年金を増さないという方針です。本年度、物価が2%上昇したとしても、この1.7%が相殺され、さらにスライド調整率の-0.9%が適用されれば、また来年度の年金額は据え置きとなってしまいます。

実感としての物価上昇率は4%前後になるでしょうから、このまま現行の制度が適用されれば、年金生活者の生活費はさらに逼迫するものとなります。経済情勢が異常な形で推移している中で、これからの高齢者の生活実態を考えると、過去の1.7%分は相殺しないなど、物価スライドの実質的な完全実施を求めなければならないと考えます。

<参考>過去の年金スライドの実施状況

改定月日
(平成)

消費者物価変動率

年金改定率

老齢基礎年金額(年額)

スライド調整率
(0.9%)適用状況

11年4月

0.6%

1.031%(増額)

804,200円

――

12年4月

-0.3%

据置き(特例)

804,200円

――

13年4月

-0.7%

据置き(特例)

804,200円

――

14年4月

-0.7%

据置き(特例)

804,200円

――

15年4月

-0.9%

0.991%(減額)

797,000円

――

16年4月

-0.3%

0.988%(減額)

794,500円

――

17年4月

±0.0%

1.00%

794,500円

不適用(パターン3)

18年4月

-0.3%

0.985%(減額)

792,100円

不適用(パターン3)

19年4月

0.3%

据置き

792,100円

適 用(パターン2)

20年4月

±0.0%

据置き

792,100円

不適用(パターン3)

注1)消費者物価変動率は、対象となる前年度のものである。

注2)老齢基礎年金額は満額受給のケース。

注3)平成12年度から20年度までを見ると、物価の下落により年金額も引き下げられてきた。しかし平成12年度から14年度までの3年間の特例措置により、物価のマイナス2.9%に対し、年金額はマイナス1.5%となっている。

 

4、消費税引き上げ問題

消費者物価の上昇に関連する政策視点としては、前節の年金スライド問題に限らず、その他の政策においても様々な問題が生じてきます。

その一つが消費税率引き上げ問題です。政府、とくに財務省は財政再建と今後の社会保障費負担への対応のために、消費税率を7~10%程度引き上げたとの意向を強く持っています。民主党も、年金改革案において最低保障年金の財源を消費税で手当てする案を出していますので、消費税率引き上げは、政局と絡み合いながら、いずれは大きな政策論争のテーマとして浮上するでしょう。

問題は、経済情勢との関係でみたタイミングです。消費税率の引き上げは、経済学的に見れば家計部門から政府部門への所得移転の増加、いわゆる個人増税ですが、表面的には消費者物価の上昇として現れます。1997年4月に消費税率が3%→5%に引き上げられましたが、その年度の消費者物価上昇率は1.8%となった経験を踏まえますと、例えば、消費税を10%にすれば4%程度、物価が上昇することが想定されます。

一方、原油価格や食糧価格などの高騰が続くことも予測されていますので、我が国の消費者物価は今後も2%~3%の上昇が見込まれます。これらのコスト・プッシュ・インフレと消費税率の引き上げが重なれば、本格的なインフレ経済に突入することになり、日本経済は大打撃を被る可能性も出てきます。財政当局は、1000兆円を超える国と地方をあわせた累積財政赤字の解消のために意図的にインフレ政策をとる企ても捨てきっていないようですが、とくかく、このような物価上昇期に消費税を引き上げることは何としても避けなければなりません。

消費税率引き上げについては国民世論の根強い反対があり、民主党としても今後は、社会保障制度や税制など関連するすべて分野を包括した全体の負担のあり方を検討する中で政策議論を進めていくべきだと考えます。少子高齢化社会においては「高負担」は避けられませんが、負担のあり方についてはさまざまな選択肢があるからです。例えば、税制では消費税率を上げるとしても、一方で資産課税や高所得者課税を強化するなど所得再分配機能を強化していく方法も考えられます。また大きな社会問題となっている医療問題についても、医療供給体制の充実化を前提とする保険料や患者負担の引き上げという方向も受け入れられるかもしれません。

とにかく民主党の政策調査会における政策立案作業は、社会保障と税制は別々の議論となりやや縦割り的なところがありますが、消費税率引き上げに関しては、是非とも総合的視点・将来的視点に立って慎重に進めていってもらいたいと考えます。

 

5、物価上昇と賃金引き上げの問題

消費者物価の上昇は、労働組合に対して来年の賃金引き上げ闘争をどのように展開していくのかという問題を提起しています。賃金の引き上げは、労働組合固有の運動課題に止まるのみならず、社会的な富の分配や社会保障政策における負担のあり方、あるいはマクロ経済に与える影響などから、政策選択のための重要な要素となっており、政治の世界においても大きな関心事の一つです。

主要企業を対象にした2008年春の賃金動向調査によると、月例給与の上昇率は1.91%とされていますが、最新の厚生労働省の「毎月勤労統計調査」における本年5月の現金給与総額(30人以上事業所)は対前年度比で1.0%の伸びに止まっています。全体としてみると、今年度は実質賃金のマイナスが十分に予測されます。さらに、産業間や業種間の格差、あるいは労働者間の格差の拡大も進むでしょうから、消費は大きく落ち込み、再び消費不況が訪れる可能性も高まります。経営者側も、経営見通しの先行き不安や国際競争力の低下を防ぎたいという従来の主張にこだわらず、マクロ的な視点に立って、労働組合の賃上げ要求に適切に対応していく姿勢が求められます。

戦後の労働運動の中では、今日のような物価上昇局面においては、物価上昇分を上回る「実質賃金の維持」、あるいはさらに踏み込んだ公的負担上昇分を吸収する「実質可処分所得の維持」をはかる闘争方針がうち立てられてきましたが、来年の春闘にむけ、連合や産業別組織がこのような運動方針を論議していくのかどうか注目されるところです。

我が国の労働組合は、非正規雇用労働者の処遇改善や労働組合への組織化など、格差是正のための対策強化の社会的要請に応えようとしており、具体的活動を始めています。この格差問題への取り組みとともに、消費者物価が大きく上昇しようといている時、勤労者の生活防衛と我が国の国民経済発展のための賃金の引き上げも重要な運動課題になってきています。まさに労働組合の存在理由を世に示す時が来たと言えますが、とくかく今後の連合の運動推進に大いに期待したいと思います。