2008年7月 1日
2008年版「ものづくり白書」はアジアとの関係に注目
1、「ものづくり」政策の重要性

政府が刊行する「ものづくり白書」は、議員立法により成立した「ものづくり基盤技術振興基本法」に基づき、経済産業省・厚生労働省・文部科学省の3省が連携して作成する年次報告です。白書は、最終製品の国際競争力を支える我が国の部品材料産業の「ものづくり」の状況について分析し、製造業の更なる発展に向けた必要な支援策の具体的方向などを紹介していますが、6月10日に、2008年版が閣議で了承されました。
現在、「ものづくり」に関わる政策の再評価が大きく迫られています。これは我が国経済がおかれている厳しい情勢が背景にあります。原油・原材料の資源価格の高騰、建築基準法改正に伴う建設業の停滞、さらには米国のサブプライムローン問題が世界に与えた影響によって、昨年来、我が国経済の先行きはますます不透明となり、その状況が今日まで続いているからです。さらなる原油高や金融不安などが絡んでくれば、新たな次元の不況が到来する可能性も出てきます。
そこで、ますますグローバル化する国際社会の中で、日本経済を維持・発展させる方策が問われるわけですが、その有力な選択肢の一つが製造業の基盤を一段と強化し、その競争力を維持していくことです。まさに、部品材料産業の「ものづくり」は、今後の我が国経済の行く末を大きく左右する重要な施策の一つになっていると言えるでしょう。
このような認識のもとに、以下、今年の「ものづくり白書」の概略や主な問題提起について紹介します。
| <白書資料より> アジアの現地ものづくり基盤産業の技術レベル | |
| 自動車産業と比較すると、電気機械分野では、現地日系企業と地場企業の技術差が少ないと評価されている。 (経済産業省調べ 2007年12月) | |

2、アジアとの関係とサプライチェーンの強化
今日、製造業のグローバル展開がますます加速し、特にアジア諸国との競争が今後とも一段と激しくなることが予想される中、「白書」は、素形材産業等における「ものづくり」現場を中心に、経営基盤全体の強化をはかることが重要だと指摘しています。
具体的には、①在庫削減など効率化の一段の追求、②災害により供給が途絶した場合の顧客供給責任体制の整備、③取引先から技術情報が流出するリスクへの対応、④自社はもとより取引先の人材確保や技能伝承、⑤研究開発の促進、⑥環境規制への対応などです。特に、災害関係では、昨年7月の新潟県中越沖地震では、自動車部品メーカーのリケンが被災したため、自動車メーカーの操業が一時停止しました。また、今年5月の中国・四川大地震では、ハイテク製品作りに不可欠な希少金属(レアメタル)の産地などが被災しましたが、「白書」によると、突然、部品の供給がストップした場合、「部品・材料が代替できない」企業は8割に達し、レアメタルの確保に懸念を抱く企業も6割との調査結果を出しています。カンバン方式が浸透し、部品の在庫をあまり持たず、調達先も特定する効率重視の生産体制が一般化していますが、万が一の時の調達先の分散化や在庫積み増しなど、緊急時に備えた対策が求められるとしています。
さて、今年の「白書」は、経営基盤の強化策として、川上から川下までの製造・管理の全プロセスにおける事業者とのつながりを意味する「サプライチェーン」の強化という視点を打ち出しています。しかも、「白書」は、事業間のつながりは国内に止まらず、アジアとの関係を視野に入れて、そして我が国からアジア諸国への中間財の輸出増加がもたらすプラス面と、アジア諸国の生産力や技術力の向上がもたらす我が国経済へのマイナス面という二つの側面から「サプライチェーン」の問題を論じています。
まず、プラス面を見ますと、薄型テレビのパネルを日本からアジア現地工場に供給して組み立てるといった事例を紹介し、こういったアジア各地に広がる国際分業体制が、成長著しいアジアの活力を我が国に取り込み、国内の経営基盤の強化に生かすべきだとの方向性を示唆しています。さらに、アジアとの関係では、中間財の供給という点のみならず、原材料の調達や消費地としても日本との関係が一段と深まっている点もプラス面として分析しています。
一方、マイナス面では、日本のものづくりを支える「川中」分野で、アジアの現地企業と競合が増していると警告しています。実際、日系企業が部品を現地調達したり、韓国や中国から輸入したりする傾向が強まっていることを指摘しています。また、我が国の中小企業が得意とする「金型、鋳造、鍛造」などがアジアとの競争下に置かれると予測しています。
これら、我が国の「ものづくり」が追い込まれていく事態を克服するためには、日本の部品産業が生産の効率化や弱点の補強に加え、競争力の源泉になる独自の製品開発で対抗していくしかないと提言しています。さらに、サプライチェーンの強化策として、大企業が下請けの中小企業の経営基盤の強化に資する施策、例えば、原材料の高騰などの経営上の負担を下請けに押しつけるのでなく、中小企業の経営基盤の強化に資する施策が重要であるとしています。
言うまでもなく、技術力を向上させたアジア企業が追い上げ、中堅・中小企業が多い我が国の「川中」が弱体化すれば、国内産業の新たな空洞化を招く恐れが出てきます。国内生産拠点の海外流出については、近年その傾向がおさまり始め、国内回帰という流れも出てきました。「白書」も、2007年は2002年の2倍の工場立地があったこと(830件→1791件)を紹介しています。しかし、新たに国際的な「サプライチェーン」の強化という視点から経営再編が行われれば、我が国の産業空洞化は避けられなくなります。「白書」も、代表的な自動車や電機業界において、こうした懸念があると指摘しています。とにかく、この懸念を払拭するためにも、大手企業が、技術開発などで支援して「川中」の生き残りに協力して共存共栄を目指していくしかありません。
さらに「白書」は、資源・環境制約が製造業の経営を左右する段階を迎えたとし、そのための取り組みを強化することが重要だとしています。すでにレアメタルの価格が高騰するとともに、資源産出国の政策による供給リスクも増してきています。今後は、資源保有国との関係強化や、リサイクルや代替資源・材料開発といったレアメタルの使用量を削減する「ものづくり」への転換が急務としています。これらの取り組みでは、個々の企業のみならず、サプライチェーンを構成する企業間での省資源化に向けたすり合わせが重要だとしています。
3、製品の安全性確保の重要性
今年の「ものづくり白書」は、ガス湯沸かし器やリチウムイオン電池などの製品事故報告やリコール件数が2006年以降に増加傾向になり、また国民生活センターに寄せられる回収・無償修理などへのアクセス件数も月平均で10万5000件超と激増している実態を紹介しています。さらに、再生紙の偽装問題があったことなども取り上げ、技術大国・日本のブランド力の土台が大きく揺らいでいることを指摘しています。
これらの背景には、製造プロセスが高度化・複雑化し、特に「ブラックボックス」となっている組み込みソフトの使用拡大といったものがあります。手仕事が消え、製品の故障や不具合は部品の修理より交換で対応するようになった中で、エンジニア(技術士)の技術を磨く場面がなくなっている現実があります。設計思想などを含めたさらなる安全対策の強化が求められています。
一方で、競争の激化でコスト削減など効率化が優先され、安全や信頼に対する取り組みが不十分になっている点やコンプライアンスが軽視されている点を指摘し、企業の今後の努力を期待しています。
また、アジアなどで安全上に問題がある模倣品が日本のものづくりの信頼を損ねる可能性があるとし、模倣品対策の必要性も指摘しています。
4、学校教育におけるものづくり教育の重要性
「ものづくり白書」は第2章で、ものづくり基盤強化のための人材の育成を論じています。具体的には、ものづくり現場における就業形態の多様化とこれに伴う人材育成の現状・課題を整理し、能力開発等の取組等を示しています。これは、例年の「白書」の主張を繰り返しています。
さらに、「ものづくりの基盤を支える学習の振興・研究開発」の項では、“学校教育等を通じたものづくり人材の育成”について提言をしています。ものづくり基盤技術の振興のためには、これを支える創造性に富んだ人材の育成が不可欠であることは言うまでもありません。
2006年に成立した『改正教育基本法』は、教育の目標の1つとして、“職業及び生活との関連を重視し、勤労を重んずる態度を養う”ということが新たに規定されました。これにもとづき、2008年3月に公示された文部科学省の「新学習指導要領」は、中学校における職場体験活動を新たに盛り込むなど、「ものづくり」について従来よりも問題意識を高めています。
すでに、文部科学省は、小学校から大学までの各学校段階で「ものづくり」に関する教育を実施してきていますが、さらなる教育内容の充実を示しております。
具体的には、初等中等教育では、優れた技術や技能を持つ社会人の方々の協力を得て「ものづくり」に関わる教育を実施したり、職業見学や5日間以上の職場体験(中学校)などのキャリア教育の推進があります。また、科学技術・理数教育の充実をはかるため、小学校に観察・実験などを支える人材を新たに配置する施策が実施されています。
一方、高等学校においては、理科・数学に重点を置いたカリキュラム開発の推進、大学では、高度な知識・技術を併せ持ったものづくり技術者の育成を目的とした教育プログラムへの支援や、産学協同による質の高い長期インターンシップの推進などがはかられています。専修学校では、産業界などと連携した実践的な職業教育を行うことや、ものづくり技術を支える研究者の環境整備を行うために特に博士号取得者の産業界での活躍を促進することや、技術士などの技術者資格制度の普及拡大などが実行に移されています。
青少年が、日頃の学習の中で、「ものづくり」の魅力ややりがいを感じ、さまざまな技術や技能を身につけていくことは極めて重要であり、今後も、こういった「ものづくり」教育の推進に関し、関係する産業労働省と厚生労働省の支援や民間企業の支援策を一段と充実させていくことが求められます。
