政策レポート

2003年3月 1日

春なのに日本はちっとも良くならない

身の回りにいろいろな課題を抱えていますが、ものごとには順番があります。いちばん憂鬱(ゆううつ)なのはデフレ不況です。とにもかくにもデフレからの脱出が見えないことには手の打ちようがありません。
企業経営について労使が議論するにも限界があります。雇用についても同じです。ご家族あるいはご親類の中に、また、ご近所そして田舎の同級生に失業している人を見かけませんか。若者にも失業は広がっています。
社会保障制度への不安はひどく高まり、若者の不安と不信は制度を揺るがしています。
問題は山ほどあるのに政府と国会は意味のない手続きにこだわり、時間を空費しています。
「問題があるのに解決の手がつかない」いらだちが列島を覆い始めています。たくさんある問題の群れはそれぞれが複雑に絡み合い、余計に問題を難しくしています。
どうすればいいのか。何から手をつけようか。思い切って手をつけた瞬間、周りから「それは違う」「やめなさい」と罵声(ばせい)が飛んできます。
そういえば1月に連合の笹森会長が自民党大会であいさつをしました。出席することに反対の声もありましたが、笹森さんの気持ちは大いに分かります。「理屈を言ってる場合じゃない。何とかしなくては」「このままでは日本は失業者であふれるぞ」との思いが行動となったのでしょう。
私も同じ思いです。社会の問題はみんな人間がつくったものです。人間がつくった以上人間に解けないわけはありません。問題自身が絡み合い複雑になっている面もありますが、本当の問題は解決する人間の思惑が複雑に絡み合っていることです。「○○に得点されると長期政権になるから」といった私利私欲が簡単な問題をやたら難しくしているのではないでしょうか。
「天罰が当たりますよ」といいたくなります。昔「人殺し以外のことは何でもできる。それが国会だ」と教えられたことがありました。国権の最高機関にできないことはありません。できないのは意思がないのです。私たちもそろそろ我慢の限界です。国会議員はまじめに仕事をしろと言いたくなります。
ということで、政策・制度課題はもちろんサラリーマンの生活改善のため何らかの行動を起こすときがきています。本気で政治を語り、行動するときがやってきたのです。

──加藤としゆき