2009年7月30日
「臓器移植法改正案」(A案)が成立
7月12日、参議院本会議において、衆議院から送付されてきた「臓器移植法改正案(A案)」が原案のまま可決、成立しました。私は、衆議院での審議段階から、マスコミの取材に対しても、「A案を中心にまとめていきたい」との方針を明らかにしていましたが、参議院においてはA案の修正案が提出され、これに賛同しました。しかしこの修正案は否決されましたので、最終的にA案に賛成しました。以下、このA案成立に至るまでの過程、課題を整理し、今回の臓器移植法改正に関わる私の考え方を述べたいと思います。
1、「A案」成立の背景
A案は議員立法として、まず衆議院に提出されました。この法案は、これまでの法律の枠組み・内容を大幅に変え、「①脳死を人の死とする、②事前の拒否がなければ家族の同意のみで臓器移植できる、③年齢制限を外し、子どもからの臓器移植を可能にする」というもので、国内での臓器移植を積極的に促進することをめざそうとする法案でした。
「臓器移植法」(以下、今回成立した法律は施行まで1年間あるため、「現行法」と表記する)は、12年前の1997年に施行されましたが、この間の脳死後の臓器移植は81件に止まり、移植を望む多くの患者が移植に至らず死亡していくという状況が続いてきました。また、15歳未満の臓器移植は現行法では禁止されているために、緊急を要する小児患者は高額な医療費を募金などで集めてアメリカなどで移植手術を行ってもらうという状況が続き、国内法の見直しの機運が高まってきたのです。
そして「臓器移植法」は、3年後見直しの規定がありましたが、12年間、一度も改正が行われてこなかったことに対し、国内移植を促進すべきだとする患者団体や移植治療にあたる医師グループが積極的に法改正運動に立ち上がり、ここ2~3年の間に、世論形成と国会への働きかけが一段と活発化してきした。このような世論の要請を受け、臓器移植医療の一段の推進を目的とするいわゆる「A案」が国会に提出されました。さらに国際保健機構(WHO)が5月に開催する総会で、臓器移植のための海外渡航を禁止する指針を決定するとの情報も影響し(実際は来年の総会に決めることになった)、A案を支持する世論の流れが大きくなっていきました。
A案はこのような背景のもとに成立したわけですが、臓器移植に慎重な意見も強く、ここに至るまでの経緯は平坦ではありませんでしたし、最終的な決定を個人の判断に委ねられた国会議員の苦悩も大きなものがありました。
2、法改正に関する論点
今回の法改正の過程では、最終的に成立したA案に対して、この案を否定する3つの法案が衆議院に提出され、また参議院ではA案の修正を含め2つの法案が提出されました。「臓器移植法」の改正に関し、衆参で計6つの法案が提出されたという、まさに国論を二分した法改正審議が展開されたわけです。ここで議論された論点・対立点は要約すると次のようなものでした。
論点① 脳死と人の死の定義
脳死をもって人の死とするのか、あるいは現行法どおり臓器移植を行うときに限り人の死とする考えに立つのかという議論です。この議論は、人と死とは何かという医学的定義や、魂と肉体に関する宗教的な考え方、あるいは個人的な死生観の違いなど基本的な対立意見が背景にあります。また、医療現場の実際の問題として、脳死が長期に続くケースもあり、「脳死になれば心臓停止は時間の問題である」という議論についても疑問が出されました。一方、臓器を提供する家族にとっては、その移植への同意が心臓停止による死を決定するものとなるため、家族の心理的負担が問題視されてきました。A案は、法律が「脳死を人の死」と定義づけることによって、家族の精神的負担を軽減するという面もありました。しかし、この脳死の定義をめぐっては現行法を審議する際にも大議論となり、参議院段階で「臓器移植の場合のみ脳死を人の死とする」という修正を行った経過もありました。
論点② 臓器移植における本人同意の可否
現行法では、生前にドナーカードという書面による意思表示をし、遺族の同意があってはじめて移植のための脳死判定プロセスに入ることができました。A案は、本人の事前の拒否意思が明らかでない限り、家族の同意をもって移植を可能とするもので、脳死の臓器提供が増えなかった最大の障害要因を取り除こうとするものでした。一方、脳死にもとづく臓器移植については、実質的には臓器提供者は臓器摘出によって心臓死による死を余義無くされるわけですから、本人の事前の意思は尊重されるべきだという考え方も強くありました。この考え方は同等に、死について生前に自らが選択する能力に欠ける小児についても、移植を推進してよいのかどうかという疑問を投げかけました。
論点③ 小児の臓器移植の在り方と小児の場合の脳死判定の厳格化
海外での移植に踏み切れない多くの難病の子ども達が国内で死亡するという現実から、国内での小児の臓器移植に道を開くべきだとして、A案が国民のヒューマニズムに訴え多くの支持を得てきました。一方で、医療現場からは、機能障害を起こした脳の再生力が強い子どもについて、脳死への対応や脳死判定を大人と同様に扱っていいのかどうかという問題点も指摘されました。この問題指摘に対しては、海外の事例や様々な医学的見地から、小児の脳死判定については厳格な基準をもって対応できるとの意見も出されました。
このほか、小児の臓器移植に関しては、脳死状態となる子ども達の何割かが、何らかの児童虐待にあったのではないかとの医療現場の情報も取り上げられました。そして、犯罪の立件との関係で、児童の脳死判定については時間をかけ、警察などとも連携をとりながら慎重にやるべきだとする意見も出されました。
論点④ ドナー遺族のケアの在り方
自らが次男の腎臓を移植に提供した経験をもつノンフィクション作家の柳田邦男氏は、81例の脳死からの臓器移植の検証から、ドナーの家族の多くが心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつ病になっているという事実を明らかにし、ドナー家族への配慮の大切さを訴えました。A案は臓器の提供を受ける側のみの視点しか入っておらず、医療現場で、脳死者の家族に対して脳死判定や移植の決断をせかしたりせずに、ゆとりある「看取り・別れ」ができる場面をつくるべきだとの意見も強く出されました。
論点⑤ 救急医療や蘇生医療と脳死判定の問題
脳死からの臓器移植で問題にされているものの一つが、交通事故などで病院に運びこまれる救急の重傷患者について、移植を急ぐあまり、十分な救急医療や蘇生措置がとられないのではないかという懸念です。この問題は、臓器移植治療が始まった当初から医療現場への不信感として今日まで続いているものです。臓器移植にあっては、救急患者に最後まで最善の措置を講じるという医の使命を全うできる医療態勢の充実をはかっていく必要があると考えます。また、こういった救急医療の現場における脳死判定に関しても、専門家の間にも様々な意見があり、今後、政府としても統一的な対応について集約していく必要があります。
論点⑥ 脳障害者等の生きる尊厳に関わる問題
脳死からの臓器移植に関して、現在、植物人間状態にある患者、脳機能に障害をもつ障害者、人工呼吸器を装着している患者・家族団体などから、脳の機能の一部失っている者は生きていく価値・意義を否定されるとして、脳死からの臓器移植を促進するA案に対して大きな反対の声があがりました。とくにA案にあるように、脳の機能をもって生死を判断する考え方は、まさに必死で生きているこれらの患者に死を宣告するような印象を与えました。あらためて、重い障害があっても生きていくこと意義、人間の尊厳を問う問題提起が行われたわけですが、こういった障害者の心配や疑念を払拭するためにも、脳死による臓器移植の在り方は引き続き国民的な課題として議論を続けていかなければならないと考えます。
3、A案の課題を解決する修正案の提出
衆議院、参議院の審議を通じ様々な問題点が指摘されるなかで、参議院では与野党の有志議員によるA案修正案を提出しようと動きが出てきました。
その中心的な考え方は、「脳死を人の死」とせず、現行法にあるように「臓器移植の場合のみに脳死を人の死とする」という条文を残そうというもので、さらに加えて、衆議院での審議経過や参議院での参考人の意見から明らかになった問題点についてその懸念を一定程度、払拭する内容となっていました。特に、附則において、①虐待を受けた児童についての判定のための検討を、法律の公布の1年後ではなく「公布の日」から直ちに開始する、②児童の脳死判定基準を定める際、成人と異なる身体の特性に配慮する、③ドナーの遺族に対する精神的ケアについて検討し必要な措置を講じる、④施行後3年をめどに法律全般について見直す―など重要な事項を盛り込もうとしたもので、私はこのA案修正案に賛同者として名を連ねました。
この修正案に先立ち、参議院においては、子どもの脳死の判定基準を厳格にするため調査会を設けて1年間国会で審議しようとする法案も提出されました。
参議院における審議は、まず厚生労働委員会において、多くの関係者や専門家・学識者からそれぞれの意見を聞き、また、この委員会における議事録について翌朝に全ての議員に配布して検討してもらうなど、短時間ではありましたが、各議員が法案の賛否に必要な情報を得て、適切に判断できるような体制が取られました。
そして、7月13日に行われた参議院本会議での採決の結果は、A案修正案が否決され、そして2番目のA案が採決されました。
私は、参議院本会議での採決にあたっては、まず、もっとも評価したA案修正案に賛成票を投じました。しかし、これが賛成少数で否決されると、次のA案について問題点を次のように整理して賛成票を投じました。
①臓器移植医療は重病患者にとって最後に残された究極的医療行為であり、しかも医療技術的にもほぼ確立されていること、②小児の移植のための海外渡航は渡航先の移植待機患者をさらに増やすことになり、また、患者や家族にとっても経済面を含め負担が大き過ぎることから、一定の歯止めをしなければならないこと、③移植に限って脳死を死とする現行法の規定では、臓器提供者の家族の判断が心臓停止による死を宣告することになり精神的負担が大きいこと、④脳死判定の厳格さ、とくに小児の脳死判定についてより厳格化する科学的知見や医療技術が確立されつつあること、また、法施行までに厳格な判定基準が検討される時間的余裕があること、⑤脳死判定と小児虐待との関係については、虐待があったかどうか判断について警察関係者との連携で対応できること。
4、「改正臓器移植法」の施行に関わる問題と生命倫理の問題
今回の国会審議では、ほとんどの政党が党議拘束を外して個人の判断に委ねたこともあり、施行にあたって政府に様々な注文をつける「付帯決議」に関して会派間の調整が行われませんでした。現行法の制定に関わっていない新人議員の理解度の問題もあり、国会審議において関係者の意見反映が十分に行われたかどうかという疑問も残りました。それだけに、施行までの1年間、政府は、国会審議の中で指摘されてきた様々な問題点や課題について確実に対応するとともに、国会としても、その作業に関心を寄せ、注視していかなければならないと考えます。
今回の臓器移植法改正に関わる国会審議や採決に関わる過程で、様々な患者団体、医療関係者団体、宗教団体、学識者、法曹関係者から陳情・要請を受けました。そして、臓器移植推進派も慎重派も共通している根底的な考え方は「命の尊さ」「人間の尊厳」にあるということが明らかになりました。
法律が変わっても、一人の命を救うために、臓器を提供する側も、提供される側も、また医療関係者も、移植に関わる全ての人が重い判断をし、心理的なストレスをもって対応するという臓器移植治療の実態に変わりはありません。脳死からの臓器移植医療を推進していく上で、依然として「これがベスト」というものはありませんから、今後も関係者のたゆまない努力と、国会としての法施行後の検証作業は欠かしてはならないと考えます。
また、今回の臓器移植法の改正に関わり、生命倫理の問題が政治的に大きくクローズアップしました。クローン技術、遺伝子組み換え、不妊治療など生殖医療などの問題、人工中絶や尊厳死といった生命倫理の問題は、もはや政治が避けて通れなくなってきた課題と言えます。
併せて、生命の尊厳、命の大切さについて政治に何ができるのかが問われています。現在の日本では、避けられない病死以外に、自殺による死(年間約3万人)、交通事故死(年間約7000人)、学校での事故死(年間約100件)、労働災害死(年間約1300件)、喫煙に由来する肺がん死亡者(年間約5万人)など、政策的に死亡者を減らせることができるものが多くあります。難病の人たちの命をつなぐために臓器移植医療の推進が必要なら、一方で、政策的に・政治的に救われるべき命も大切にしていかなければなりません。
このことを肝に銘じて、今後とも命を大切にする政治に携わっていきます。
