遅牛早牛

まったなし、国会改革(国会は行政府から独立せよ)

 来週22日、通常国会が開会される。課題山積の中、国会への要請が各紙を賑わせる時期となった。各方面からの要請あるいは注文はそれぞれに意味のあることであるが、問題は国会を構成する衆参両院の国会議員自身の考えであろう。

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年頭に「無災厄」を祈る

 「あけましておめでとうございます」と新年を寿ぎながら、例年になく力の入らない正月だったと思う。何がめでたいのか。とりあえず無事に新年を迎えられてよかった。という意味ではその通りだが、逆に無事に迎えられないケースとはどのような事態なのかしら。

 年末に飲み過ぎて体調を崩したり、老親が危篤になったり、家族が交通事故にあったり、といった個人的事情において無事ではないこともありうるから一言めでたきかなとつぶやいてもいい。独り言だから、いい。

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今日的リベラル考「やっていることはかなりリベラル」安倍首相

 「私がやっていることは、かなりリベラルなんだよ。国際標準でいけば」と朝日新聞(1226日朝刊)は安倍首相の言葉を伝えた。「リベラリズム」あるいは「リベラル」は多義的かつ相反する意味をもつので、同紙は「ここで言う「リベラル」とは、政治的な立ち位置のことではない。経済を市場や民間に委ねるのではなく、政府が積極的に関与し、所得再分配の機能を強めていくという文脈で使った表現だ。」との解説を加えている。 

 筆者は団塊世代である。若い頃、リベラリズムの用語法がズレだし、最終的に真逆に近いところに落ち着き、面食らった記憶がある。以来使いたくない言葉の一つとなった。

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野党結集の壁 (岡田さんの気持ちはわかるけれど、、)

今年はひどい以外の何物でもないと衆院会派「無所属の会」代表岡田克也氏が12月5日午後の記者会見で語ったという。 また、党員・サポーター、有権者のみなさまに本当に申し訳ないとの思いを表したうえで、謝っているだけではいけないので、どういうふうに力を結集していくか、今までの様々な信頼関係をもとに話し合いをしていきたいと結んだとのことである。

 しごく当然のことだと思う。岡田氏は2014年12月の総選挙の後、落選した海江田氏の後任として民主党代表に就き、蓮舫氏に代表を譲る2016年9月まで厳しい状況にあった党の立て直しのため尽力し、維新の党の議員との合流の上、民進党を立ち上げた中心人物である。民主党からの党名変更なのか、新たな政党発足なのか、認識は別れるが民進党の初代党首は岡田氏であることに間違いはない。だから忸怩たる思いであろうと推測できる。

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希望の党「愛は燦々とふり注ぐ?」

 小池百合子と前原誠司は戦犯なのか。「排除発言さえなければ」と怨嗟の声は続く。「騙すより騙される方が悪い」そうだが、だれがだれを騙したのか。解明されないうちにページはめくられる。新しいページでは民進党大塚が「三党物語」を、希望の党玉木が「寛容な改革保守」をそれぞれ説き始めた。今日、衆目はここに向く。

 すべては旧聞に、そうごみ袋に入れられ街角に並べられ、もうすぐ収集車が来る。政治はリアルタイムで動く。だから過去にこだわっていては置いてきぼりを食らうだけだ。とはいっても過去を整理しなければ未来は開けない。

 「政治は結果責任です」いまさらあれこれいっても往生ぎわが悪いだけ、と前原は民進党代表を辞任し、小池は「創業者としての責任がある」はずなのに玉木執行部の旅立ちを契機に共同代表を辞任した。当面都政に専念するようだ。それでいいと思う、二人の場合は。

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立憲民主党「赤ずきんへの期待にどう応える」

 数あわせはしない。立憲、枝野代表の一言である。衆の民進は立憲、希望、無所属に分かれた。合わせた議席は増えたものの、旧に復することにはならないようだ。立憲としては、まずは足下を固める。そのためには票を入れた有権者の期待を見定める必要がある。それからでも遅くはないだろう。

 それに衆議院の野党第一党である。見せ場はある。だから焦る必要はない。希望が第一党であれば与党との垣根が曖昧になりがちと心配ではあったが、いまや押しも押されもしない第一党であるから、立憲らしさを国民に強く印象づけることができる。と考えるのが普通である。だから数を合わせるような統一会派とか連携とか余計なことは考えない。明快である。

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第48回総選挙(葦の髄から天井を覗く)

 奇襲解散からひと月。「自公再び3分の2」(朝日新聞23日朝刊)の見出しは何となく不満げである。「立民躍進、希望苦戦」と続く。「立民躍進」はその通りだが、「希望苦戦」との評価は議論を呼ぶ。現職5750に減少した点は明らかに苦戦である。しかし選挙戦をつぶさに見た立場からすればよく踏みとどまったと思う。当人達はよもや立民の後塵を拝すとは露にも思わなかったと思うが、台風並みの逆風の中50議席は立派なものではないか。いわば底値、でしょう。

 一方の立民(朝日新聞24日朝刊では立憲、したがって以降立憲とする)は現職1555に、一議席を他党に譲っての大躍進である。希望から排除されたか、されそうだったか、個別にいろいろあったと思うが、無所属組が自力で生き残りを決意したのに比べ、集団でスクラムを組んでの生き残り作戦が図に当たった。

 枝野代表の功績である。被害者然とし、かつ気丈に鎌首を持ち上げる姿に人々はある種の好感情を抱いたことは間違いない。しかしそれだけではないだろう。同情票だけで野党第一党の地位を築けるほど甘くはない。

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希望を創るのはあなた達ではないか!

 「あなた明日が見えますか」と流れる演歌を聞きながら、明日が見えれば苦労はない。と盃を傾ける日があった。「労働戦線統一、出来るわけないだろう」と半ば嘲笑を含みながら先輩たちが話す。統一運動に身を投じた大昔のことである。

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労働の規制緩和ー経済活性化に役立つのか?

 「規制緩和」論が下火になった。労働規制を緩めることが経済活性化につながるとの思い込みからようやく解き放たれたのか、主張が小振りに、その分トガリがきつくなっている。労働者派遣法の改正にみられるように、何でもかんでも派遣できるようにと業界は政権に圧力をかけ続けてきた。以前には見られなかったことだが、審議会にも上陸している。

 規制緩和に経済政策上の効果があるのなら、元祖小泉改革以来日本経済はもう少しましなことになっていたのではないか。商売をやり易くするという業界の利害を動機にさんざ政府に圧力をかけることが、普通の圧力団体として普通のことだとしても、それが日本経済の活性化のために役に立つとの宣伝はやめてほしい。

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第二の統一(その二)

「政治と労働の接点」における第一の論点は、政党と労働組合具体的には民主党と連合の関係のあり方である。今回は両者の関係を簡単に振り返りながら、「第二の統一」についてその意味合いを明らかにしていきたい。

連合は1989年の統一以来28年の歴史を踏み固めてきた。最初の10年間は土台作り。期待と疑心の中、立ち位置と役割を模索しながら基礎を築いた時代でもあった。「春闘終焉」と言われながらもバブル崩壊、金融システム改革そして円高など厳しい状況と折り合いをつけながら賃上げに尽力した。今日をしのぎながら明日の在り方を求め議論を繰り返した。

 また労働戦線統一に続く政治戦線統一の受け皿を求め試行錯誤が続けられる中、1998年ようやく民主党結成にたどり着いた。

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